荒木無仁斎流 抜刀術 尾川道場 Arakimunisairyu-iai OgawaDojo
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荒木無仁斎流
戦国武将の摂津国河辺郡伊丹の有岡城主 荒木村重の孫(家系)と云われる 荒木無仁斎(無人斎)(秀綱)が 流祖。新免無二斎(當理流開祖。宮本武蔵の父)の弟子であった荒木無仁斎源秀縄が創始したとも云われる。また荒木無仁斎は宮本武蔵の父(新免無二斎)と同一人物とも云われる【幼名. 藤原勝真が2人とも同じ】
最近の系譜
1880年〜1900年頃に 長崎で道場を開いていた 荒木無仁斎流14代目宗家の金房冠一郎先生(別名・讃岐屋喜三郎)は、宝蔵院流槍術の名手でもあり、歌舞伎の技などを取り入れて金房流剣舞術を創立されていました。また、夫人千代子先生は静流薙刀、佐分利流槍術を修業され、両先生は明治天皇、大正天皇に召され天覧剣舞を行われました。その後、1885年(明治18年)には、のちの陸軍大将・乃木希典に招かれて演武を披露し、好評を得る。1909年(明治42年)に明治天皇の前で、日本初の天覧剣舞を披露した。明治・大正時代は東に日比野雷風師(神刀流)、西に金房冠一郎(荒木無仁斎流)ありと並び稱された流派。
荒木無仁斎流15代目早渕宗家(鯉昇)は 幼少の頃より長崎においてこの金房冠一郎先生に師事し、金房流剣詩舞道並びに荒木無人斎流居合術を習得。私(尾川雅則)の母である喜多冠翔は初代早渕宗家(荒木無仁斎流15代目宗家)鯉昇の元で長年の修行をして 最高幹部 四天王(喜多、豊田、永富、柴田(早渕) 、)の1人と呼ばれるようになりました。そして喜多冠翔(鯉櫻)は100人の門下を引き連れて 荒木無人斎早渕流を抜け 1977年に新たに「荒木無仁斎 冠翔流」を創立。 後に喜多冠翔の嫡男 尾川雅則が荒木無仁斎流 尾川道場を創立。
•荒木無人斎流 居合 "早渕流" 早渕鯉将
•荒木無人斎流 居合 "豊田流" 豊田凛風
•荒木無仁斎流 居合 "冠翔流" 喜多冠翔
•荒木無仁斎流 居合 "尾川流" 尾川雅則(尾川道場)
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🇯🇵 東京 早稲田大学 漢詩吟 琵琶 吟剣詩舞 演武 扇舞(森蘭丸)吟士 尾川雅則、舞方 アンナ, 剣舞(本能寺)舞方 尾川雅則
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