第751回「無用のもの」2023/1/27【毎日の管長日記と呼吸瞑想】| 臨済宗円覚寺派管長 横田南嶺老師
Автор: 【公式】臨済宗大本山 円覚寺
Загружено: 2023-01-26
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■管長日記「無用のもの」
https://www.engakuji.or.jp/blog/36022/
■note
https://note.com/engakuji/n/n7e7eafd9...
最後に一日のはじまりを整える、呼吸瞑想がございます。
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無用のものを表わす禅の言葉はいくつもあります。
臘月の扇などは、そのひとつであります。
真冬のうちわですから、無用の長物であります。
破沙盆も、ひびの入った素焼きの盆で、これも無用のものであります。
似たものでは、破草鞋もそうでしょう。
やぶれわらじですから、役に立ちません。
秦時の鐸鑠鑽という言葉もあります。
これは、秦の阿房宮を建てる時に使った回転式の大きなドリルで、その完成したあと無用のまま打ち捨てられたというもので、無用の長物の喩えに使われます。
無用というと、円覚寺の中興の祖、大用国師誠拙禅師は、大用という諡をいただいていますが、ご自身は無用道人と名乗られていました。
無用ということで考えさせられたのは、先日の須磨寺の小池陽人さんの法話でありました。
小池さんは、一月十八日のライブ配信で語っておられたのでした。
ここで小池さんは最近読んで感銘を受けた二冊の本を紹介されていました。
どんな本かなと思って聞いていると、一冊は、なんと私が最近出した絵本『パンダはどこにいる?』でありました。
なんと有り難いことだと感謝して拝聴していました。
それからもう一冊が、『片手袋研究入門―小さな落としものから読み解く都市と人』という本でした。
この本のことは、全く存じ上げませんでした。
あとでなぜ小池さんがこの本を読むようになったのかを聞くと、ラジオでこの本の著者のことを知って興味を持ったとのことでした。
私も小池さんのお話を聞いて、興味をもってこの本を買ってみましたが、なんとも不可思議な本であります。
これまで私も幼少の頃から、「変わり者」だと言われてきました。
皆が受験勉強に励んでいる中を坐禅ばかりしていましたし、国立大学に入りながら、その途中で出家して禅僧になったり、周囲から「変わり者」と思われてきました。
「変わり者」ということについては自分でも自負していました。
しかし、私以上の「変わり者」が世にいたのだと思ったのが、この本を読んだ印象であります。
たしかに私も、今の世の中で全く役に立たない坐禅に打ち込んできました。
青春のほぼすべてを坐禅にかけてきたと言っていいでしょう。
まわりの者は、就職して世の中ではたらいているのに、こちらは何の役にもたたない、無用な坐禅をしただけでした。
ところが、どういう風の吹き回しか、そんな無用の存在だった私が、この頃は本を書いたり、人前で話しをしたりしているのであります。
「変わり者」「無用のもの」という本来の意味を失いつつあるのです。
そんな中で、「変わり者」「無用のもの」の原点を見せてもらった思いなのでした。
片手袋というと、あの道で見かける捨てられた片方の手袋です。
その片手袋をもう十数年にわたって写真に撮って研究しているというのですから驚きであります。
地面に捨てられていたり、手すりに乗せられていたり、カラーコーンの上においてあったりと様々であります。
この片手袋を五千枚以上撮影してきたというのです。
それを、軍手などの軽作業類、革手袋などの重作業類、ゴム手袋類、使い捨てタイプのディスポーサブル類、毛糸の手袋などのファッション・防寒類などに分類して研究しているのであります。
しかし、そこに展開されている理論というのは、実に深いのであります。
私たちが、この現実の価値観だけでははかれない世界が広がっているのであります。
よくこんな本に注目して法話で取り上げられたと感服しました。
小池さんも紹介されていた言葉を、この本で見つけることができました。
私も法話を聞きながらメモした言葉です。
「マニアや研究家とは”誰よりも分かっている人”のことではなく、“誰よりも自分が分かっていないことの多さに気づいている人”のことだったのです!」
という一言であります。
分かっていることにばかり価値を認めるのが、この現実の世界であります。
しかし、真実は分からないことの方がはるかに多いのです。
この分からなさに気がつくことが大切だと思うのであります。
これは役に立つ有用性を知ることよりも、役に立たない無用を知ることにも通じるのであります。
分かったことなどというのは、分からない広い世界に浮かんだ泡か、塵くらいなものだと思います。
唐代の禅僧徳山禅師が大悟したときの言葉を思います。
「諸の玄弁を窮むるも、一毫を太虚に致くが若く、
世の枢機を竭すも一滴を巨壑に投ずるに似たり」
という言葉です。
どんなに奥深い真理を究めたと思っても、広い大空に一本の毛を投げたようなものであり、どんなにこの世を生きる術を身につけたつもりでも、一滴を大きな谷に投げる程度のものだ」というのであります。
悟りというのは、こういう体験だと思います。
自分が分かっていたつもりでいたものは、なんと小さなものかが身にしみるのであります。
そんなわずかな知識見解で役に立つ、役に立たないと判断することなど、およそ無意味なのであります。
片手袋の本を読んで感銘を受けていると、二十二日の日曜日の朝に、小池さんが毎日新聞の朝刊に連載されている、「僧侶陽人のユーチューバー巡礼」という記事が出ていて、こちらも有り難く拝読しました。
小池さんのご活躍はたいしたものであります。
今回は、4年半前、転落事故で下半身不随となった渋谷(しぶや)真子さんとの対談記事であります。
渋谷さんは「現代のもののけ姫Maco」として活動するユーチューバーなのだそうです。
お辛い経験をなされながらも新聞に映っているお顔などは実に朗らかであります。
記事の中で小池さんは、
「「終活」に熱心な高齢の方が口をそろえて言うのが「迷惑はかけたくない」という言葉。
自分は誰の役にも立っていないと落ち込んでいる方もいます。
役に立つのは素晴らしいことですが、こだわりすぎると、役に立たない人を許せなくなる。
効率や生産性を重視する社会が、そういう考え方を染みこませているように思います。」と語っています。
「役に立つ」と「役に立たない」と二つに分けて考えてしまうと、役に立たなものを無用に思ってしまいます。
世の中には役に立たない無用のものがあふれているのが真実であります。
その中に役立つものが浮かんでいるようなもの、そもそも「役に立つ」と「役に立たない」と分けること自体が愚かなことであります。
片手袋の本を読んでしみじみそう思いました。
禅語に、無用のものを表わす言葉が多いのもそんなことを教えてくれているように思います。
横田南嶺
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