【東温市】旧国道11号 桧皮峠越え(東温市道 一ヶ谷土谷線)(2020.9.22) ・金比羅街道 七曲坂の桧皮峠越え(2020.5.20)[1.75倍速]
Автор: shin65・四国道路図鑑【説明欄必読】
Загружено: 2020-10-13
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徳島県徳島市と松山市を結ぶ国道11号。この道路の東温市-西条市間は、桜三里という山中川沿いの峠道を通る。桜三里の道筋に変化がないが、そこに至るまでの道が国道になってからの80年間で大きく変わった。
桜三里に至るために越えなければならなかった桧皮峠は難所といわれていたが、安全な迂回路が作られ、かつての峠道は、現在、延長6.8kmの東温市市道 一ヶ谷土谷(いちがたにつちや)線となっている。
◎国道の変遷について
明治18年の「國道表」により認定された愛媛県初で唯一の国道は、香川県善通寺-松山間を結ぶもので、国道31号とされた。大正9年に旧道路法が制定され、国道31号は国道24号に変更される。昭和27年の新道路法では、区間も徳島県徳島-松山に変更され、現在の国道11号となる。
◎金比羅街道の桧皮(ひわだ)峠越え
国道31号に認定された頃の桜三里に入るまで道筋は、金比羅街道といわれていた頃のままで、東温市の旧川内町川上地区から、小鳥越大鳥越から 三軒屋に出て七曲の坂を登って桧皮峠(標高313m)を経て土谷に至り、桜三里に入るというものだった。
現在の状態に照らして具体的にいうと次のような感じである。
川上地区の旧宿場町筋を進んでいると米田屋という旅籠屋(現在は自転車店)があり、その横の立派な石積みの間の分署(ぶんしょ)坂を上り、左手上に大宮(川上)神社を見ながら進み、さらに右手に吹上池をみて、松山ゴルフ倶楽部のゴルフコースを越える。
松山ゴルフ倶楽部のコースの越え方が実にユニークだ。西側にあるアウトコースは昭和33年に、インコースの東側コースは昭和39年にそれぞれ開場しているが、そのアウトコースとインコースは各々丘陵地にあり、南半分が結合しているが、北側は独立している。このアウトコースのさほど高くない15mほどの標高差の丘陵を小鳥越といい、また東側のインコース部分の丘陵は山からそのまま連なる部分で、標高差25mほどあり、大鳥越と呼ばれていた。大鳥越は桧皮峠(大桧皮峠)に対して小桧皮峠とも呼ばれていた。
旧街道のあった丘陵地にゴルフコースが作られてしまったのだが、小鳥越についてはコースに溝を堀り道路を通し、防護ネットやボックスカルバート(箱形土管)様の簡易トンネルが施された。この簡易なトンネルは「黒穂トンネル」といい、開場後13年後の昭和46年に延長77.6m 、幅員3.0m、有効高3.0mで竣工している。防護ネットだけでの開削道路の保護は不十分で、遅れてトンネル化したものだろう。
インコース側には「鳥越トンネル」が昭和33年に竣工している。延長176.4m、幅員2.6m、有効高1.9m。このトンネルの入口には青赤の信号がある。トンネル入口の「歩行者用トンネル照明ボタン」と書かれたボタンを押すことで、トンネル内の照明が付き、そして信号が赤となる。車用の信号ではないので、信号を変えたければ、車を降りてボタンを押す必要がある。またトンネルを走行し終えるとボタンを再び押さなければ、他の人の迷惑にもなる。幅員がないが、おそらくコンパクトカーであればぎりぎり走行可能だと思われるものの、いまだ突入したことはない。
ゴルフ場を横断する吹上池北の横灘(よこなだ)集落から丘陵地東の三軒屋集落間の道路は、東温市の市道 横灘三軒屋線であり、ゴルフコース下のふたつのトンネルは、同市が唯一管理するトンネルである。このトンネルについて松山ゴルフ倶楽部のHPで触れられておらず、旧川内町が主導的にかつての街道筋を保存するため、作ったものだと思われる。
この先、本谷川から支流の添谷(そえがや)川に沿う県道327号 湯谷口川内線を進む。やがて桧皮集落に至る。ここは旧街道が賑わっていた頃、旅籠屋が幾つもあったところだ。集落の先には分岐があり、県道327号は恭谷川から離れるが、そのまま川沿いの道を進むと、工場があり、そのすぐ北側に上りの小径がある。かつて七曲りといわれた桧皮峠に上る坂道で、桧皮峠越えのいちばんの難所だった。
この七曲坂のあったところには現在も険しい坂が残っているが、当時のものではなく、もっとなだらかにした道筋にすげ替えられている。坂の入口は現在の場所と同じだが、昔の坂はすぐに左に折れ、ヘアピンカーブを7つ連ねるような感じの坂だった。昭和3年地図まではその坂が確認出来るが、昭和43年地図では地図から完全に消え、昭和60年地図では現在の道筋で記載されている。今では空中写真でも道の跡を見つけることは出来ない。道路の状態からすると新しい七曲坂は古い時代のものでないことは明らかである。今の七曲は距離600mで70m登っている。
この坂を登りきると桧皮峠に至る。
◎桧皮峠の表記について
明治36年地図では「檜皮田峠」と田を含んで書かれているが、それ以降の地図では何れも田を含む表記は見られない。桧皮とはヒノキの皮のことで、一般的な語句として「桧皮」と書いて「ひわだ」と読ませる。名字として桧皮田姓もあるようだが、全国で10人という希少なもの。昭和26年発行の川上村PTAによる編纂の「川上村のおもかげ」という書籍では、明治36年地図の「檜皮田峠」の表記が採られている。
◎明治の桧皮峠道の改良ー旧国道へ
明治20年くらいから国道31号の道路改良が始まり、明治35年に桧皮峠への新しい道が完成する。七曲の急な坂を上るのではなく、本谷川の東側に川筋に沿って緩やかに上る道筋が新設されたのだ。この道は、昭和37年に河之内隧道が竣工し、現在の道筋になるまで、国道として使われる。コンクリート舗装だった桜三里がアスファルト舗装されたのは昭和39年のことで、桧皮峠が現役の国道の頃は砂利道のままだった。
◎河之内隧道の完成
昭和35年8月より昭和37年7月にかけて根引(ねびき)峠に延長375m、幅員6.5m、縦断勾配3.5%の河之内隧道が建設される。この付近には中央構造線が通り、地質的に非常に軟弱な個所もあるため、綿密な地質調査のうえ中央構造線に貫入した安山岩層を貫くようルート選定したようだ。トンネルの南側は表川・障子ヶ谷川に沿い、または北側は嵯峨之谷川に沿うという形で道を新設し、昭和38年には桧皮峠越えをしない、現在の国道11号ルートが完成する。同時期に落出隧道も作られている。そして、かつての桧皮峠越えの旧国道は旧川内町(現東温市)の管理する道となった。
この動画には次の補足説明動画があります。よろしければご覧ください。
【愛媛の道】旧国道11号 桧皮峠越え・金比羅街道 七曲坂の桧皮峠越えについての補足説明
• 【東温市】旧国道11号・金比羅街道の桧皮峠越えについての補足説明
00:05 明治35年からは昭和38年まで使われた桧皮峠越えの旧国道。国道として使われていた頃は結局、舗装されることはなく、最後まで砂利道のままだった。
04:42 平成9年に開業した東温市の斎場 桜花苑。第二次大戦後までここには峠の茶屋があった。
07:12-08:44 現在の七曲の坂。コンパクトカーでの走行が限界。おそらくヘアピンカーブが曲がれない。
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