スリップウェアの紋様を描く・前野直史
Автор: 民藝を想う
Загружено: 2020-08-09
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古い英国のスリップウェアで行われていた方法もほぼ同じようなものなのではないかと思いますが、原料や焼き方については低火度釉の英国のものとは違って、自分の場合は信楽土をかなり高温で焼締ています。
紋様はその折々の泥の濃さで微妙にニュアンスが変わりますが、あまり押さえ込まずにリズムよく繰り返し描きます。
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その頃の京都 前野直史
小学校へは子供の足で歩いても家から10分ほどの道でした。住宅地の中の家からしばらく歩くとまずは角に喜楽亭の肉屋があって、ここにはまだスーパーがない頃にはいつも行列が出来ていました。幼い頃は良く母と並んだのを思い出します。順番が来て「角切りを300」などと注文すると秤に乗せた包み紙に300gより少し目盛りを超えるほど乗せてくれて、そこでちょっとしたサービスということを学んだのでした。
そのすぐ先には乾物屋さんがあって時折頭にタオルを巻いたおじさんが幅広の包丁でリズムよくお昆布を薄く削いでおぼろ昆布を作っているのが見えました。
その横は大阪屋さんというお店で、真っ白の髪を後ろに纏めて腰の曲がった優しいおばあさんとその息子のおじさんがいました。自家も頼んでいましたが、ここは牛乳配達が主だったと思います。おじさんが黒くてスタンドが二重に頑丈に作られた特別な自転車で配達していました。ここには左側の壁に沿って大きな冷蔵庫があってうどんと蕎麦の玉も売っていました。
さらに数軒先は三嶋のお豆腐屋さんで、鍋を持って買いに行くと大きな水槽から掬い上げて買う分だけ切り分けてくれるのが面白くて子供の頃のお気に入りでした。夏になると絹ごしが始まって、木綿は真っ直ぐの包丁で、絹ごしはギザギザの包丁で切るのでした。これらのお店にはよく母に連れられて、また少し大きくなればお使いを頼まれて、しばしば行ったのでどこもかもは顔馴染みでした。
三嶋の向かいあたりには作り醤油屋さんがあって、その仕事の様子は表からは見えないもののたくさんの木の樽が見えていて、あたり一面にお醤油のよい香りを充満させていました。店の前には犬小屋があって茶色い犬が2匹紐に繋がれていて、いつも手拭いを被ったモンペ姿のお婆さんが餌をあげたり世話していたのを思い出します。
間口の広い荒物屋さんは松木さんという名で、その数軒先にガラス屋さんもありました。もう少し行くと石屋さんがあって、その向かいは交番で、ここで少し道が曲がってさらに子供の頃にはよく通った小林と元川というどちらもおばあさんがやっている駄菓子屋さんがほぼ向かい合わせに二軒ありました。小林のほうは何年かしてヤマザキパンのお店に変わりました。
さらに少し先の角には下駄屋さんがあって、その先のは柴田だったか、パンやジュースを売る店で、そこのT字路を曲がると左手に保育園があってすぐ小学校でした。
子供たちはこういういろいろな仕事が並べられた道を日々興味深く見ながら大人が働く姿に触れて大きくなりました。
朝は一直線に学校へ向かっても、帰り道は下駄屋のガラス戸に貼り付いてお爺さんが下駄を作る様子を飽きることなく、鋸を入れて最後の歯と歯の間のところを鑿で落とすと木の塊から鼻緒のない下駄が生まれてくるのが魔法のように思われていつも眺めていました。いくつもの下駄の生誕を見守ってようやく満足してそこから離れると、今度はすぐに石屋のおじさんのたくましい仕事ぶりに捕まります。金槌とタガネで長い時間掛かって堅い石に文字を彫り込んでゆく様子をこれもじれったいようにも思いながら眺めていたのを思い出します。
すべては昭和50年頃までの過ぎた昔の話で、この映像の中だけに仕事の姿を残していつか自分も消えてしまうように、懐かしい記憶の中の大人たちはきっとほとんどもう既に居なくなってしまって、ここに書いたお店ももうほとんど残ってはいません。
ただ、こんなふうに毎日泥で粘土板に落書きしているおじさんがいたとすれば、子供の頃の自分はきっと夢中になってそれを飽かずに見ていたことだろうなとふと想うのでした。
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民藝を想う
http://mingei-omofu.com/
美山かやぶき美術館
http://miyama-kayabuki.org/
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#民藝を想う#スリップウェア#前野直史
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