2026年1月3日「終末・リバイバル宣教」
Автор: 面昇
Загружено: 2026-01-02
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説教題;「新時代に気づく」
聖書箇所;イザヤ書43章16~21節
16 海の中に道を、
激しく流れる水の中に通り道を設け、
17 戦車と馬、強力な軍勢を引き出した主は
こう言われる。
「彼らはみな倒れて起き上がれず、
灯芯のように消え失せる。
18 先のことに心を留めるな。
昔のことに目を留めるな。
19 見よ、わたしは新しいことを行う。
今、それが芽生えている。
あなたがたは、それを知らないのか。
必ず、わたしは荒野に道を、
荒れ地に川を設ける。
20 野の獣、ジャッカルや、だちょうも、
わたしをあがめる。
わたしが荒野に水を、
荒れ地に川を流れさせ、
わたしの民、わたしの選んだ者に飲ませるからだ。
21 わたしのためにわたしが形造ったこの民は、
わたしの栄誉を宣べ伝える。
(導入)
新年あけましておめでとうございます。2026年が平安と喜びに満ちた年になりますようお祈りいたします。
2026年がどの様な年になるかスマホ等で検索しますと、なんと飛躍の年になるという。社会は道徳倫理が衰退し、物価は高騰、総理が台湾有事について発言してから、中国が日本に脅しをかけている。この様な時期に飛躍とは本当に不思議な感じがします。
一方この様な社会的環境の中で、教会はどの様な2026年になるのか、共に考えたいと思います。
(背景)
今日のテキストは、イザヤ書から選びました。預言者イザヤについてお話しする。
40年から60年の期間、預言活動した。20年の差があるのは、終わりをどこにするかで違ってくる。BC740年から680年近くまで活動した。
今日の箇所の背景は、バビロン捕囚が背景になっている。しかし、この捕囚は、2回目の大きな捕囚BC597年を考えると、100年以上未来になる。あまりにも時代的錯誤があると思うが、イザヤはそれが見えていた。尚且つ、その捕囚から解放されることも語っている。卓越した預言者と言われる所以である。※パノラマ的な預言。近未来、中未来そして遠い未来を見越している。
一方、イザヤの時代は、隣の兄弟国北イスラエルが、大国アッシリヤの脅威にさらされ、挙句の果て。BC722年には捕囚にあっている。イザヤはこれを目の当たりにして、南ユダの将来を的確な啓示を受けていたことだと思う。
(本文)
V16;「海の中に道を」「引き出した主は…倒れて起き上がれず…消え失せる」⇒これは出エジプトでイスラエルが、神の力の中でエジプト軍を黄海で沈めた様子が描かれている。
この出エジプトは奇蹟の連続である。イスラエルにとってこの歴史は栄光ある歴史であり誇りである。またイスラエルの神は余りにも偉大だという証である。
V18;「 先のことに心を留めるな」「昔のことに目を留めるな」⇒イスラエルの誇りである出エジプトを誇るな、と言っている。なぜここまで言うのか。
V19;「新しいことを行う。今、それが芽生えている。」⇒バビロンの地で、奇蹟が起きる。新しい事が起きる。以下象徴的な出来事を描いている。「荒野に道」「荒れ地に川」⇒瓦礫の山となっている所に、道、川と言った日常の平安が戻ってくるという。この瓦礫は街が破壊されたばかりでない。捕囚にあって、その心が瓦礫状態でもある。
V20;「ジャッカルや、だちょうも、わたしをあがめる。」⇒このことばは正に、象徴的な言葉である。自然の動物が賛美する。この意味は、今ある環境が大きく奇蹟的に変革する内容である。
この人間理性では想像できないことが今「芽生えている」という。「それを知らないのか」と念を押している。
V21;「栄誉を宣べ伝える」⇒この事を経験したイスラエルは、神の証者として宣教をする。
(適用)
一般社会が、飛躍の年と今年を予想した。驚いたことを冒頭お話した。一方、納得できることがある。AIである。マスコミでもAIを知らないと時代に乗り遅れる、と盛んに言っている。確かに、個人的にも、何かを質問すると的確に帰ってくる。スマホのAIで十分教えてくれる。企業等がお金を払って利用するAI となると相当な事ができるのではないだろうか。
このAIは教会の中にも当然入ってくるだろう。前者で言った社会が飛躍と言うのは、たんにAIの技術ではないと思う。総合的に判断しての事であろう。この悪い環境の中で飛躍とは、不思議である。
一方、私は、2026年「新しい事の芽生えがある」と教えられた。意味は、何かリバイバルの雨音を啓示の中で聞いたという素晴らしいものではない。
そうでなくて、教会は社会の縮図と言われる。社会が道徳倫理の衰退なら、やはり教会にもそれが入り込んできている。この事が、教会にとって重要なのは、社会の道徳倫理を創り上げる土台的存在だからである。また一方で、信仰が祈りの中で積み上げられ、創造的業に発展することも箕臼になっている。いわゆる信仰の未来を掴み取る姿勢が見られない。
これらは大きな問題である。これを何とかしないと、日本社会に置ける教会の立ち位置が見えてこない。
昨年は変革の年と言ってきた。確かに社会的には政治の世界、マスコミ、特にフジテレビ、そして財務省の隠れた闇がはがされた。しかし、教会は変革があったかと言うとなかなか見当たらない。しかし、このことに焦りを感じているクリスチャン、牧師、教会は多数いると感じる。
リバイバルは、神の一方的権威の中で起きる。人間の側で条件を設定しても起きない、と言うのが定説である。しかし、あえて言うなら、社会が閉塞状態、祈りが積まれている。また大きな教会より、小さな集まりの中で起きているのが多い。
この様な中で新しい兆しを見つけるならば、
① 2026年教会の活動の中で何か重要な働きがあるか?と検索すると、「アウェイクニングアジア」というグループが、東京でスタジアムを借り切って、伝道集会を開催する予定があるとのことである。リーダーは若いご夫妻。森下将光、エスター夫妻と言う。あまり聞いたことはなかった。意外と知らない所から神様は何かを始めようとされる。
② 一方、自分の中に温めていたことがある。それは終末リバイバル宣教のイントロダクション(説明)の所でも紹介しているが、日本とユダヤの関係である。日本の建国と言ってもいい京都造営に秦氏が深くかかわっていた。ユダヤ人と言われている。また、民謡、囃子ことばをヘブル語で読み解くことも可能と言われている。更に言うなら、神社は、旧約聖書の神殿を模倣していると言われている。
これだけ多くの階層で共通点がある場合、根源が一緒と言う統計学上の考えもある。
しかし、日本人イコールユダヤ人、ユダヤ教と言うには無理があるが、日本と言う歴史の中に旧約聖書の民の知恵、信仰が深くしみ込んでいる事は非常に興味深い。
現在、キリスト教会ではタブー視されているこのことが、キリスト教会から発信される時がくると感じている。日本の歴史の中で旧約聖書の民が深くかかわった時期が何回もある、という事はそれだけで驚きである。また、親近感を覚える。ちょうど、それはこのようなたとえで説明が付く。ある時、この人は自分と同じルーツを持っているという事を発見したとき、人は親近感とともに、驚きをもって迎えると同じである。そして、それが大変尊い信仰となると、もっと深く探ろうとし、自分たちのアイデンティーの再発見の時となる。それは日本宣教の良い機会となるのではないだろうか。
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