【廃村】わずか15年で消滅した村。「傾山分校」を訪ねて 大分県 - 傾山集落
Автор: 神々旅行記
Загружено: 2026-01-16
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傾山集落はかつて大分県佐伯市宇目(旧:南海部郡宇目町)の山深くに実在した、営林署(現在の森林管理局)の職員とその家族が暮らすための集落でした。
現在は無人となり、深い森の中に当時の痕跡をわずかに残すのみとなっています。
1. 集落の概要
傾山集落は、祖母傾国定公園(現・祖母・傾・大崩ユネスコエコパーク)の一角、傾山(標高1,602m)の麓に位置していました。
目的: 戦後の復興期から高度経済成長期にかけて、国有林の木材を伐採・搬出するために設けられた「事業所集落」です。
住民: 住民のほぼ全員が営林署の職員とその家族でした。
規模: 昭和30年には27戸・79人が暮らしていたという記録があります。
2. 傾山分校について
集落には、職員の子供たちが通うための学校が設置されていました。
正式名称: 宇目町立木浦小学校 傾山分校
開校期間: 1950年(昭和25年)7月 ~ 1965年(昭和40年)3月
へき地等級: 4級(当時、交通の便が非常に悪いへき地であることを示す等級。最高は5級)
児童数: 昭和34年時点で9名という記録があります。
わずか15年ほどの短い歴史でしたが、山奥の厳しい環境の中で、子供たちの学びの場として機能していました。林業の衰退とともに住民が減り、昭和40年に閉校、その後集落も消滅しました。
3. 当時の生活と交通
この集落は、麓の集落(西山集落)からもさらに数キロメートル奥に入った場所にあり、現代の感覚では想像を絶するような山奥にありました。
森林鉄道: 当時の主な交通手段は、木材搬出用に敷設された森林鉄道(トロッコ軌道)でした。住民は生活物資の運搬や移動にこの軌道を利用していたと言われています。
かつての住人によると、商店が一軒あったようです。
自然に生えた「しいたけ」や、野イチゴや木いちごが自生していたようです。
キジなどの狩猟もあったようです。
■傾山の由来
大分県と宮崎県の県境に位置する傾山(かたむきやま)の名の由来には、主に「山の形」と「伝説」に基づいたいくつかの説があります。
1. 山の形・見た目による由来
最も一般的で有力な説は、その名の通り**「山頂が傾いて見えるから」**というものです。
北側からの展望: 北側(大分県側)から山頂部を眺めると、切り立った岩峰が斜めに傾いているように見えることから名付けられたといわれています。
西側の絶壁: 山頂部は本傾(ほんかたむき)、後傾(うしろかたむき)、前傾(まえかたむき)の3つの岩峰からなり、特に西側が鋭く切り立っているため、見る角度によって大きく傾斜して感じられます。
祖母山への敬意: 隣り合う九州の名峰「祖母山」に向かって、山全体が畏(かしこ)まって傾いているように見えることから付いたという説もあります。
2. 鬼の伝説(地団駄の物語)
地元には、山の形がなぜ傾いているのかを説明するユニークな伝説が残っています。
むかし、2匹の鬼が「祖母山と傾山のどちらが高いか」で言い争いになりました。実際にそれぞれの山に登って比べてみてもなかなか決着がつかず、怒った鬼たちが傾山の山頂で激しく地団駄(じだんだ)を踏んだため、その重みで山が傾いてしまった……。
この伝承は、傾山の険しくもどこか不自然に切り立った岩肌の形を、当時の人々が物語として解釈したものです。
3. 別名「四皇子峰(しおうじみね)」
歴史的な記録(豊後国志)では、傾山は**「四皇子峰」**とも呼ばれています。 これは、神武天皇が東征の際に、4人の皇子を連れてこの山に登り、戦勝祈願をしたという伝説に基づいています。古くから信仰の対象(霊峰)であったことが伺える名前です。
■杉ヶ越大明神
杉ヶ越大明神は、宮崎県西臼杵郡日之影町と大分県佐伯市宇目町の県境に位置する「杉ヶ越」という峠に鎮座する神社です。
現在は「天岩戸神社」に合祀(ごうし)されていますが、かつては峠の守り神として、また非常に厳しい禁忌を持つ神として恐れ敬われてきました。
1. 基本情報と立地
所在地: 宮崎県と大分県の県境、県道6号線にある「杉ヶ越トンネル」の真上の尾根(標高約940m)。
別名: 奥村神社(おくむらじんじゃ)、杉囲大明神(すぎがこいだいみょうじん)。
御祭神: 彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)、豊玉姫命(トヨタマヒメノミコト)。
由緒: 「高千穂八十八社」の一つに数えられ、延宝2年(1674年)の記録にもその名が見られます。
2. 「道塞がり」と「大明神暴れ」の伝説
杉ヶ越大明神は、古くから非常に霊験あらたかであると同時に、「恐ろしい神様」としても知られていました。特に明治時代頃まで続いていた**「道塞がり」**という風習が有名です。
通行の制限: 毎年7月から9月までの間は、僧侶、女性、鳴り物(楽器など)、果物を持った者の通行が厳しく禁じられていました。
神の怒り: この禁忌を破って峠を越えようとすると、たちまち激しい暴風雨が起こると信じられていました。この嵐を地元の人々は**「大明神暴れ(だいみょうじんあばれ)」**と呼び、非常に恐れたといいます。
大友宗麟の伝説: 戦国時代、豊後の大友宗麟が日向侵攻の際にこの峠を通ろうとして、神罰(嵐)によって行く手を阻まれたという伝説も残っています。
3. 歴史と変遷
明治の合祀: 明治42年(1909年)、政府の神社整理政策により、高千穂町の上岩戸にある天岩戸神社に合祀されました。これにより、法的には「奥村神社」としての独立した神社ではなくなりました。
地名の由来: 峠に大きな杉の木があったことから「杉ヶ越」の名がついたと言われています。現在も社殿のそばには、かつての大杉を思わせる巨大な切り株が残っています(ただし、現在の切り株は昭和32年に伐採されたものとの説もあります)。
4. 現在の状況(登山と参拝)
現在、社殿はひっそりと峠の尾根に佇んでいますが、登山の要所として知られています。
登山口としての役割: 杉ヶ越トンネルの宮崎県側入口付近から登ることができ、傾山(かたむきやま)や新百姓山(しんびゃくしょうやま)への分岐点となっています。
現在の姿: 木造の鳥居と石灯籠、小さな社殿があり、登山客が安全祈願のために立ち寄る場所となっています。
00:00:00 始まり
00:02:16 杉圍大明神
00:02:49 杉圍大明神について
00:04:55 Google Earth 地図
00:07:28 神社から再び向かう
00:09:05 集落まで下る
00:14:48 傾山集落到着
00:21:28 滝
00:23:06 一刀両断の岩
00:24:54 対岸の住宅跡群
00:31:20 雛壇の住宅跡
00:39:38 傾山分校跡
00:48:11 岩隠れの滝
00:51:00 橋跡
00:52:02 軌道跡
00:53:24 傾山集落について
01:02:07 帰路
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