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連続小説【As time goes by】⑦勝負

Автор: ショコラファッションチャンネル

Загружено: 2025-12-01

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(四)

外見はみな似通っていた。
顎のラインまで伸びた長髪に、整えられた口髭と顎髭。
黒髪もいれば、茶髪、金髪、所々にメッシュを入れた者もいる。一様に浅黒く日焼けをした肌は、健康的にも見え、また不健全にも見えた。
ひどく濃い紫煙に咽せそうになりながら、僕と近藤は奥の空いた席へと招かれる。

「久しぶりじゃん、コンちゃん。元気にしてたかよ」

一番奥で立て膝をしていた長髪の男が、煙草を挟んだ手を挙げた。
手の甲には天使のタトゥーが彫られていた。
彼が噂の豊田悠斗だった。

近藤の言う通り、どこか他より落ち着いた雰囲気がある。ぎらぎらとした抜き身のような鋭さはないが、それが逆に怖かった。
誰よりも鋭い刀身を持っているが、今はただ鞘に収められているだけなのだ。何をきっかけに抜刀されるか分からない不安に脅えるくらいなら、最初から切っ先を向けられた方がましなくらいだった。

「安土です」と会釈をすると、豊田君は大きくてごつい手を差し出した。

「コンちゃんの友達なら、俺たちも友達だ。敬語はいらねえよ」

僕は差し出された豊田君のごつごつとした分厚い手を握った。
何人の人間がこの手に殴られてきたのだろうと僕は思った。
こんな出会い方ではなく、街で因縁をつけられていたのならば、この拳は僕の頬を圧倒的な速度で振り抜いていたかも知れない。
黄色い液体の入ったジョッキが次々に運ばれ、僕らのテーブルを埋めていく。
テーブルはあっという間にジョッキだけで埋め尽くされてしまった。

「一人二つ、早く配れよ」

慣れた手つきでジョッキが配られていく。僕の前にも近藤の前にも、当然のように満タンのジョッキが二つずつ並べられる。青ざめた表情で近藤が僕を見る。僕は状況を受け入れ、力なく笑うしかなかった。まさか最初から強制的にこんな事になるなんて。

毒々しいほどに黄色い見たこともない飲み物だったのでじっと観察していると、「これは焼酎を栄養ドリンクで割ったやつだ。飲めば飲むほど元気になるぞ」と豊田君が言った。

全員の手元にジョッキが揃うと、場はぴたりと静まりかえった。得も言われぬ緊張感が場を支配していた。

「一気で二杯あけろよ。一番遅かったやつは、追加でもう一杯な」

豊田君が静かに告げる。そして短くなった煙草を灰皿に押しつけ、ゆっくりともみ消した。
怒号にも似た激しい合図と共に、その場にいる全員が一斉にジョッキを傾けた。

出遅れたのは僕と近藤だけだった。近藤はどうしていいか分からず、辺りを見回しながらジョッキを上げたり下げたりしていた。
やがて近藤は覚悟を決め口元に運ぶと、目を瞑ってぐいぐいと喉に流し込み始めた。僕もジョッキを握りしめ、勢いのままに口の中へと流し込んだ。炭酸がびりびりと喉を刺激する。

なんとか一杯目を飲み干し周囲を眺めてみると、すでにほとんどの者が二杯を飲み終えていた。
不安と焦りが、心臓に鋭い爪を突き立てる。まだジョッキを傾けている者がいたが、その彼も僕が見つけたと同時に空になったジョッキをテーブルに、たん、と置いた。

僕は二杯目のジョッキに口を付け、ジョッキを傾けたまま近藤に目をやった。
近藤はまだ一杯目の半ばで手こずっていた。近藤は苦悶に満ちた表情を浮かべていた。
青白い顔面に脂汗が滲んでいる。
近藤は一滴も飲めないほどの下戸ではないが、この場の重圧も相まってすでに限界を迎えているようだった。
近藤に「無理するなよ」と声を掛けようと思った矢先、「1杯目からふざけてんじゃねえよ」「さっさと飲めや」と周囲から野次が飛ぶ。僕の労いの言葉は発する前にクラッシュアイスのように砕かれた。

残っているのは、僕と近藤の二人だけのようだった。ジョッキの中でゆらゆらと揺れ動く黄色い液体にぼんやりと焦点を合わせ、僕はなぜ今この場にいるのだろうかと、しみじみ考えた。それから無心で酒を呷った。
そしてようやく二杯目を飲み干した。すでに飲み終えた連中が、非難と侮蔑の折り混ざった視線を近藤に集中させていた。

近藤は大きく肩で息をしながら、戦意の失われた目つきでジョッキを見据えていた。ふいに、なぜ近藤がここまで無理をさせられなければならないのだ?という、憤りが湧き上がった。

「酒、飲めないのか?」

期待してしまうほどの優しい声で、豊田君が語りかける。

「飲めない」

「一杯は飲めや」

近藤が言い終わるや否や、ぴしゃりと豊田君が言い放った。恐ろしく冷たい言葉だった。僕の思い付き程度の怒りなんて、一瞬で鎮火してしまうほどの迫力だった。
近藤は無言のまま僕に視線を向けた。

「友達に飲んでもらうのか?」

僕が飲むのは構わない。
僕は近藤よりもずっと酒に強いし、今日はそのために呼ばれたのだから。
僕の手が近藤のジョッキに届く前に「駄目だ」と豊田君が制した。

「一杯は飲め。二杯目は友達でもいいからよ」

豊田君の口にした、友達という言葉に虫酸が走った。
大体あんただって近藤と友達なんじゃないのか?なぜ友達をこんなにも追い詰めなければならないのだ。近藤だって男なのだ。普段どれだけおちゃらけていても、プライドがないはずがないじゃないか。
それを何だってこんな大勢の前で、ずたずたに引き裂かれなければならないのだ。先ほど鎮火した怒りが再び赤い炎を灯し、僕は胸が熱くなった。
周囲が騒がしくなる。

「最後まで頑張れよ」
「もうちょいじゃねえか」
「おら、いけいけ」
励ましにも聞こえる野次。

口元からぼたぼたと零し、近藤は何度も何度も咽せながら、それでもジョッキを傾け続けた。そしてついに一杯を飲み切った。

「コンちゃん、男じゃねえか」

豊田君が近藤の前に右手を差し出す。テーブル越しに伸ばした近藤の手を乱暴に掴んで掲げると、「拍手」と叫んだ。
さっきまで文句を垂れていた面々が、近藤に熱い拍手を送る。この連中はどこまでが本気でどこまでがブラフなのか、まるで分からない。
そういう人を前にすると、僕はぞっとしてしまう。
自分の物差しで推し量れない者に、人は尊敬の念か、畏怖の念を抱く。いずれの想いが満ち始める前に、僕はさっさとこの場から立ち去りたいと願った。

「じゃあもう一杯は」

豊田君はうっすらと笑みを浮かべながら、僕を睨み据えた。僕は近藤のジョッキを手元に手繰り寄せる。近藤のビリが確定しているのに、急いで飲む必要があるだろうか、と僕が思った瞬間、豊田君が見透かしたように僕の眼前に満タンのジョッキを掲げて見せた。

 「まだ分からねえよ」

豊田君は二杯目を飲んでいなかった。あえて二杯目を飲まずに待っていたのだ。負けるわけにはいかない。ビリにはもう一杯追加されると言うことだが、近藤はこれ以上飲めないので、必然的に僕が飲むことになる。ここで負けたら僕は四杯。

まだ会が始まって十分も経っていない。近藤より強いと言っても、こんなハイペースでは到底持つはずがない。
店の入り口に救急車が停められる嫌なイメージが、僕の脳裏を駆け巡る。
大丈夫。勝てば良いんだ、と僕は自身を鼓舞する。

手拍子が始まり、溌剌とした一気コールが部屋中に響き渡る。

「行くぞ」

豊田君のかけ声と共に、僕は勢いよくジョッキを傾けた。


 (五)


僕は部屋の隅で仰向けになり、じっと目を瞑っていた。
血液が別の意思を持った生き物にでもなったかのように、どくどくと身体中を忙しく駆けずり回っていた。
何も考えられなかった。
今はただ黙って呼吸をし、平常な自分を取り戻す事だけに集中していた。

僕は負けた。
豊田君の早さは尋常ではなかった。彼は生卵でも飲むかのように、つるんと一息で飲み干してしまったのだった。
僕は罰として差し出されたもう一杯のジョッキも空にした。
あっという間に空にされたジョッキたちが、がちゃがちゃと片付けられていく。
豊田君はその光景を横目で見ながら、耳を疑う言葉を発した。

「追加、六十」

最初よりも大量のジョッキが、続々とテーブルへ広がっていく。

そして二回戦目の途中で僕に限界が訪れた。僕は誰か引き摺られ、部屋の端へと移動されたようだった。
男たちのざわめく声が遠くに感じられた。どうやら僕はしばらくの間眠っていたらしかった。気がついた時、顔におしぼりが乗せられていた。全身が熱く気怠さが残っている。
僕はおもむろに、上半身を起こした。

「お、気がついたか」

何人かが僕へ一瞥をくれた。ふと見ると、近藤の姿がない。

僕はおぼつかない足元を宥めながら、千鳥足で部屋を出た。石畳のトイレには個室が二つあり、一つは鍵が掛けられていた。
鍵のかかった個室の前で「近藤いるか?」と呼び掛けてみる。

「てつやか」

個室の中から近藤の声がした。がちゃりと音がして、ドアが開く。
便器を肘掛けにするようにして床に座っていた近藤が、こちらを見上げた。吐いたのか、と僕が訊くと、「全部」と力なく笑いながら近藤は言った。

「とんでもないよな」

「いかれてるよ」

便器を見下ろしていると喉の奥がむず痒くなり始めたので、慌てて視線を外し小便器の方へと向き直った。
どうする、と近藤が呟いた。用を足しながら、「いつまでもここにいるわけにはいかないだろ」と返事をする。
そして僕らは無言になった。甘ったるく漂う芳香剤のラベンダーの香りが、胸をひどくむかつかせた。

もう一つの個室に入り、便座に腰を下ろす。

僕はふと、唯に逢いたい、と思った。
せっかく地元に帰ってきているのに、僕はこんなところで一体何をしているのだろう。今ならすぐに逢える距離にいるんだ、と思ったら僕はいてもたってもいられなくなった。
携帯電話を取り出し、「今帰ってきてるんだ」という一文だけを唯に送った。
それ以上の何を伝えれば良いのか、今の僕には考えられなかった。

近藤が「そろそろ戻ろう」と言った。

「俺たちがいたこと、忘れていてくれればいいんだけどな」

望み通り、酔っぱらった彼らは僕らの事なんか忘れて、腕相撲大会で盛り上がっていた。
部屋の中は彼らの巻き起こす熱気や酒気によって、異様なほどの熱気に包まれていた。
ほとんどの者が上着を脱ぎ、Tシャツやタンクトップ一枚で腕や背中のタトゥーを露わにしていた。

「コンちゃん、もう大丈夫なのかよ」

仁王立ちの豊田君は思った以上の長身だった。

「まだ気持ち悪い」

豊田君は、だらしねえなあ、と言って笑った。酔いが進んだせいか、さっきよりも幾分と打ち解けやすい雰囲気になっている気がした。

やがて僕らの周りに何人かやってきて、豊田君の武勇伝や、自分たちの自慢話を始めた。眉唾ものの話もあったが、本人たちを前にして指摘などできるはずもない。

不思議なもので、その場に慣れてくると、これまでの恐怖心が優越感へと様変わりしてきたのだった。話に混じっているだけで、まるで自分も仲間の一員だったような、彼らと対等につるんできたような錯覚すら覚えた。

苦痛だった時間が愉悦の時間に切り替わったのを境に、時もまた速度を切り替えていた。
僕が唯からの返信に気がついたのは、一時間も過ぎてからのことだった。

連続小説【As time goes by】⑦勝負

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