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連続小説【As time goes by】④海

Автор: ショコラファッションチャンネル

Загружено: 2025-11-28

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(五)

唯は修二と僕と三人で過ごした時間を覚えているだろうか。
思い出から僕だけが抹消され、修二と二人だけの楽しかった中学校生活に改ざんされているかも知れない。
もしそうだったとしても、僕が言えることは何もない。

「もっと歩こうよ」
唯はみんなのいる方とは逆の方向へ歩き出した。そうして僕らはまた歩み始めた。
寄せては返すさざ波の優しい響きに耳を傾け、僕らは一歩ずつ黒い砂浜を踏みしめた。
僕の少し前を唯が歩き、僕は唯とその先に細長く伸びた唯の影に目を落として歩いた。
何の跡もない真っさらな砂浜に、唯と僕の足跡だけが、並んで刻まれていく。
唯の髪は肩口で綺麗に切りそろえられていた。

中学の頃の唯は、今よりもずっと髪が長く毎日ポニーテールにしていた。唯は活発で、何事にも積極的に参加する好奇心旺盛な女子だった。
体育大会の時、男子を押しのけて応援団長にもなったくらいだ。僕はいつも、唯の揺れるポニーテールを微笑ましく見ていた。
唯はいつだって元気に飛び回っていたから、その揺れるポニーテールは僕にとって、唯の元気印のように見えた。僕はそんな唯のポニーテールがとても好きだった。 高校生になると、唯はばっさりと髪を切った。
それはそこらの男子よりもよっぽど短いものだった。
唯は、ポニーテールの面影を捨て去るかのような、ベリーショートになった。
唯の短い髪はそれはそれで、僕に活発で元気な印象を与えた。高校を卒業するまで、唯はずっとベリーショートのままだった。
その唯が、僕が最後に見た姿だった。

あれから、三年近く経つ。唯はあの頃よりも髪が伸び、随分と大人っぽくなっていた。 僕らは内面的にも外面的にも、少しずつ成長していく。それは、時が過ぎても変わらない事なんて、何一つないと言うことを暗に伝えているようだった。
僕は唯と同じ歩幅で成長できているのだろうか。

「彼女、いるの?」
突然の問いに、僕は狼狽した。 いないよ、と僕は答えた。
唯は、ふうん、と言った。

唯がどういうつもりでその問いをしたのか知りたかったが、逆光のせいでその表情は見えなかった。黒い影だけがこちらを見ていた。

「じゃあ、好きな人は?」
「好きな人は、いるかな」
「誰?」
「言ってもわからないでしょ」
「いいじゃん」
「別に、いいんだけどさ」
「ほら」
「大学の人だよ」
「ふうん」

唯はその場に立ち止まって、きらきらと光る水面を眺めていた。僕も足を止めて、波間に目をやった。
真っ暗な水面に白波だけが、はっきりとその姿を浮かびあがらせていた。
僕は位置を変え、改めて唯の顔を見た。唯の顔の左側に柔らかい月の光が当たっていた。
唯はこれまでに僕が見たことも無いような表情を浮かべていた。僕はその美しい表情に飲み込まれそうになった。
唯は海の先の水平線を眺めているようだった。その瞳に映りたいと、僕は強く思った。
そして唯を抱きしめたいと思った。その衝動は寄る波のように一瞬のうちにやってきて、また一瞬のうちに退いていった。僕は唯とどうなりたいのだろう。
僕は未だに唯の事が好きなのだろうか。

「いつ神奈川に帰るの?」
唯がこちらを向いて訊いた。
「寝坊さえしなければ、明日の午前中には新幹線だね」

「でもほんと、安土は変わったよね」
僕と唯は向き合っていた。唯は僕を見上げるようにして首を傾けた。
「帰るの、寂しい?」と僕は冗談めかして訊いた。

答えは何だって良かった。「そんなわけないじゃん」と否定されても良かったし、「なんでよ」と笑われても良かった。
でもまさか唯が「寂しい」と答えるとは夢にも思っていなかった。僕は返事もできないほどに動揺していた。
僕らは手を伸ばせばお互いに触れられるくらい近い距離にいた。
唯の瞳は、射貫くように真っすぐに僕の瞳を捉えていた。
僕は唯のこの眼差しを昔に見たことがあった。けれどそれを真正面から受けたことはただの一度もなかった。 湿気を含んだ重たい潮風が僕の背中を押し、コートの裾をぱたぱたと靡かせた。
僕は唯の頬にそっと左手を伸ばそうとした。
けれどそれよりも早く唯は正面へと向き直ってしまった。

「そろそろ戻ろっか」と唯が言った。
気がつけば、僕の喉はからからに渇いていた。
唾を飲み込む。喉の奥の方で、塩辛い磯の味がした。


(六)

僕らがみんなの場所へ戻ってくると
「怪しい。お前らさっきまでと雰囲気が違う」と山崎が茶化した。
いつもなら近藤も一緒に茶化してきそうなものだが、近藤はこちらに目もくれなかった。
少し様子がおかしいなと思ったが、問いただすほどでもない。

「修二の前で、良くやるよな」 という山崎の言葉に僕は少しむっとして答えた。

「修二と唯はとっくに別れてるんだから、別に問題ないだろ」

まあ確かにな、と山崎は素直に納得したが、僕は慌てて付け足した。

「いや別に、何もないけどな」

駐車場へ戻り、僕らは再び車に乗り込んだ。
エンジンがかかり、温かい空気が車内に溢れだす。  暖房と共に流れ出したラジオに、唯が反応した。
「これ、大好きな曲」 それは女性の歌う英語の曲だった。胸に訴えてくるような切ないメロディラインだった。 唯に曲名を訊くと「As time goes by」と言った。
時が経っても。

僕は目を瞑り、曲が終わるまでじっとその切ない歌声に耳を傾けていた。 帰りの車中はみんな静かだった。酒も飲んでいたし、はしゃぎ疲れたのだろう。僕も後部座席にぐったりと身を預け、海辺で過ごした時間を思い返していた。
一つずつ丁寧に順を追って手繰り、唯との会話を思い出す。
ふと目を開くと、目の前の唯は修二の肩に頭をもたれこませて眠っていた。
修二ももたれかかった唯の頭の上に頬を乗せ、静かに目を瞑っていた。
僕はそれを至極当たり前の風景として見ていた。それはとても目に馴染んだ光景だった。
だから今更ショックを受けたり、目を背けたりするようなものではないはずだ。
けれどその光景は、僕の中にあった何かを確かに削り取っていった。

ふと、喉の渇きを思い出した。
誰も起こさないように小さな声で、僕は運転席の近藤にその旨を伝えた。
コンビニの駐車場に車が停まると、僕は一人車から降りた。
近藤も誘ったが、首を横に振った。
やはり近藤はどこか僕に苛立っているように感じられた。

海寄りの立地のせいか、店内には季節外れの浮き輪やビーチサンダルが売られていた。
コーヒーを買って外に出ると、僕はそれを一息に飲み干した。飲み干しても喉の渇きは一向に癒えなかった。

居酒屋の駐車場へと戻ってきた。
自分の車で来たのは僕だけらしく、残りのみんなはそのまま近藤が家まで送るらしい。
車を降りる時、唯がそっと小さな紙切れを僕に手渡した。
僕はそれを確認しないままコートのポケットへとしまい込んだ。
近藤の車のブレーキランプが赤く灯り闇の中に消えていくまで、僕はその場にじっと立ったまま見送っていた。
楽しければ楽しかった時ほど、一人になった途端に、不安と寂しさがじわじわと足元から這い上がってくる。

車に戻り、唯から渡された紙を開くと、そこには唯のメールアドレスが書かれていた。
長い一日が終わった気がした。

次の日僕は新幹線の中で、唯にメールをした。
内容は他愛のない、昨日のお礼のようなものだ。
昨日は帰ってからもうまく眠れず、空が明るくなるまで待ってシャワーだけ浴びて駅へと向かった。

いまさらになって凶暴な眠気がやってきて、僕の瞼の奥を殴り続けていた。次に地元へ戻ってくるのは、三ヶ月後か、と僕は思った。
それはとてつもなく先のことのように感じられた。一年先まで三ヶ月後がやってこないような気がした。
もしくは永遠にやってこないような気さえした。

流れゆく白い雲を眺めながら、僕はいつの間にか、心地の良い眠りの底へと深く身を沈めていた。

連続小説【As time goes by】④海

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