「日比谷公園という舞台から見えるもの」──亀田誠治 × 小沢健二、対話が紡ぐ記憶と未来

音楽プロデューサー・亀田誠治が実行委員長を務める「日比谷音楽祭2025」は、今年も日比谷公園で開催された。その初日、歴史ある日比谷公園大音楽堂（通称「日比谷野音」）のステージに立ったのは、シンガーソングライターの小沢健二。1993年6月19日、ソロデビューのフリーライブを行った彼にとって、この舞台は原点そのものだった。

今回、野音は2025年10月から再改修に入る。次代へと受け継がれるこの空間について、2人は語り合った。対談は、小沢の提案で架空のラジオ番組「J-WAVE SATURDAY in the PARK」として、観客のいないサウンドチェック中に収録され、まるで時空の狭間に生まれた静かなセッションのようだった。

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日比谷公園──日本初の西洋式、でも「完全な西洋」ではない
日比谷公園が開園したのは明治36年（1903年）。東京駅を設計した建築家・辰野金吾がデザイン案を提出したが、最終的に採用されたのは、植物学者・本多静六を中心とするチームによる構想だった。

「当初は左右対称のフランス式公園を目指していたけれど、日本庭園のような流れや非対称性を加えるうちに、完成までに10年近くかかった。結果として“完璧な様式”ではなく、“土地と心に合った風景”ができあがったんだと思います」（小沢）

「日本初の西洋式公園」として紹介されることの多い日比谷公園だが、2人はそれを「日本独自の洋風折衷」と捉える。

「元々あった江戸城の石垣や池を活かしながら、チューリップや薔薇、ベンチ、そして西洋音楽の音色が持ち込まれた。だけど、それは輸入された文化そのものというより、日本の土壌で咀嚼され、再構築されたものだと思います」（亀田）

野音という「音の祠（ほこら）」
「僕が野音に立ったのは32年前。今回またこのステージに立てたのは、すごく感慨深いです」（小沢）

再改修を前に、数多くのミュージシャンが「ロックの聖地」として憧れてきた日比谷野音。その象徴性とともに、小沢がこだわったのは、音楽の「始まり方」だった。

ステージの1曲目に選ばれたのは「アルペジオ」。冒頭のフレーズは、亀田がベースで奏でた。

「僕がギターでやってるあのフレーズを、今回は亀田さんにベースでやってほしいって言ったんです。歴史を重ねたこの場所で、あの音から始まるって、すごく自然だったんです」（小沢）

「公園」という社会的デザイン
「日比谷公園の園長・吾郷誠さんと話したとき、公園は目に見える“利益”を生まないけれど、街全体に与える価値は計り知れないと改めて思った」（小沢）

公園のネーミングライツの話題では、ニューヨークのセントラルパークで1ベンチ150万円で販売された例を挙げつつも、日比谷公園ではそうした商業化が慎重に扱われている現状に触れた。

「思い出の詰まったベンチが自然と増えていく。それがきっと、日本の文化に合ってるんですよね」（亀田）

西洋化を受けとめ、咀嚼する「日本列島アクセント」
対談の終盤、話題は文化の受容と日本的なグラデーションの感性へと広がっていく。

「英語を話すとき、僕は“JAPANESEアクセント”をむしろ楽しんでる。ナイジェリアのイラストレーターに頼んだジャケットの身体も、どこかその国のクセが滲み出てる。それが“文化”の魅力だと思うんですよ」（小沢）

「だから、ネイティブっぽさにこだわるより、自分のアクセントを大事にしてほしい。日比谷公園のデザインも、まさにその象徴ですよね」（亀田）

昭和、平成、そして今──“幻想”から“現実”へ
小沢は自身が昭和後期に育ったことを「ラッキーだった」と語りながらも、現代社会の“ざらついたリアル”を肯定する。

「今の方が手応えがある。昭和の明るさは、戦後アメリカの政治戦略の上に成り立っていた。でも、現代はもっと複雑で不安も多い。だからこそ、音楽が必要とされるし、表現にも深さが生まれる」（小沢）

「イエスでもノーでもない」場所から生まれるもの
「欧米的な“決断こそ正義”という発想ではなく、曖昧さを大事にする社会デザインのあり方。それを日比谷公園の歴史が示してくれているように思うんです」（亀田）

「白か黒かじゃなく、その間にあるグラデーションこそ、日本の文化であり美意識なんだと感じますね」（小沢）

手渡されたバトンを未来へ
「この日比谷公園にまた戻ってこられたことが嬉しい。音楽も街も、常に受け継がれていく中で、僕たちは何を次に繋ぐかを考えなければならない。今回の対談も、そんなバトンの一部になれたら」（小沢）

「今は改修でしばらく姿を消すけれど、日比谷野音は新しい時代の“音の祠”として、またきっと帰ってきます。その未来が、すでにここから聞こえてきたような気がしています」（亀田）