夫婦愛の10箇条 感性論哲学講座 哲学者 芳村思風先生 人間の森大学主催 94分
Автор: 人間の森大学
Загружено: 28 сент. 2024 г.
Просмотров: 247 просмотров
◆講義概要 「夫婦愛の10箇条」
恋と愛とは違う。結婚してから愛の成長が始まっていく。結婚したらもう他人じゃないよねといって全て許し合える家族関係になっていくのが当然の事の用に期待してしまうことが多いが、現実はそうではない。でもここから真の愛を育てていく愛の実践が始まるのだ。恋が成就して結婚。そして結婚後に描いていた理想の家庭像とのギャップに悩み苦しみ、最終的には離婚という選択することが多い。人間が人間を愛する力を本格的に高めていって、真実の愛に目覚め、真実の愛の実力をつけていく試練の始まりであると捉えなければならない。感性論哲学で考える夫婦関係がうまくいくためにはどういうことに心がければよいのか10箇条としてまとめた。
◇恋と愛の違いとは
恋は盲目。盲目のまま結婚していく。恋とは命の本能から発生するものである。生命の本質の中に種族保存の本能から湧き出てくる本能の一つであって、その本能が男女を結び付けて、その結果として子孫を残しているのだ。恋とはいかに美しく、またお互いに色気を出して、二人の絆を深める事よりももっぱら子孫繁栄のために結びつけ本能なのだ。すなわち生殖活動をさせて子孫を残すという生物が持つ本能である。
恋は相手の短所は見えなくする。相手をあこがれの対象とみる。しかし結婚すると一つ屋根の下に住み始めるので理想と現実とのギャップに苛まれ苦しむ。そして日を追うごとに相手の短所が見えてくる。結婚前の恋人同士の時は恋しい恋しいという感情が優先するが、一つ屋根の下に住み始めると、痘痕はあばたに見え、笑窪はえくぼに見え始める。本当の相手の姿が見えて分かってくる。すると理想を描いていた結婚像と現実とのギャップに失望する。結婚の現実に絶望感が出て、「失敗したな」「この相手は私には合わない」「こいつは違う」という気持ちになって、最終的には離婚へと進んでいく。
相手の欠点がだんだんと分かってくる。それが結婚ということを境にして、本当の人間の姿が見えてくる段階へと入る。だから結婚は、恋の終わりであり、愛の始まりであるということができる。理想と現実のギャップを乗り越えられる真の愛の実力を身に付けないとこの真実の愛へとは発展しない。
結婚するまでの感情はあくまで本能からくる「恋」という感情であって、それがどんなに美しいものであっても、本当の意味において結婚してから生まれてくる深い意味での「愛」には発展していない。
真実の愛とは、相手の長所も短所も愛するようになることであることに気づいていない。難しいかもしれないが、真実の愛とは相手の短所をも愛するということ。この真実の愛の定義が理解できないと永遠とうまくいくはずがない。人間の特徴として誰しもが、長所と短所を半分ずつ持っている。その半分の短所を愛せない状態で夫婦生活は成り立たないということだ。
短所を愛せないのは真実の愛ではないということ。人間には短所は必要だ。相手の短所が無くなることを期待するような間違った人間観では人は愛せない。
(川人の余談、思風先生から短所を愛するという深い真実の愛の本質を何度も聞いてきた。そして理屈では思風先生の仰る真実の愛を理解しているつもりだけれども、何度聞いても本音は、短所を愛するということは難しいと感じている自分がいる。まだまだ真実の愛には達しない・・・。まだまだ修行中・・・。)
相手の短所を責めるような感情を持っていたら結婚は続かないと・・・。
(川人の余談、仰る通り・・・、でも責めてしまう(笑々・・・))
では、以下に夫婦愛の10箇条をまとめる。
1).家庭と云えども自分を磨く道場であることを忘れてはならない。家庭は人間成長の為の道場なのだ。
家庭は心安らぐ場であって、気持ちが安らいで、自分の気ままな時間や生活が送れるものだという理想を描いて結婚したとするならば必ず家庭は崩壊する。家庭は憩いの場ではなく、修行の場であるという認識がまず必要となる。家庭を憩いの場だと思ってしまうと、すぐに夢は崩れ離婚に発展してしまう。家庭を憩いの場だとして、自由気ままにしてしまえば、家庭としての幸せな空間であるのではなく、先ずは家庭と云えども自分を磨く道場であると、自己を成長させるための場こそが家庭である心して臨まなければならない。家庭とは、本当の男と本当の女がお互いの短所とエゴをぶつけ合って、お互いが磨き合って成長する場が家庭という空間であると認識するところから始まる。
2).どうせするなら心を込めてやる。
お風呂掃除も、めんどくさそうにする。なんでもちょっとでも楽してやろうと手を抜く。本音はしたくないのだ。そういう気持ちで家庭の仕事を分担していると必ず家庭は崩壊する。一つひとつ、心を込めてやる。心のこもった言葉遣いをする。心のこもった行為の積み重ねが夫婦良い家庭を築く根底にある。お互いが、常に相手を思いやり感謝し合いながら心を込めてやること。
3).ともに習い、ともに泣くという共通体験。夫婦の共同体験を積み重ねる。
今の時代は共働きが多い。だからすれ違いが多い。夫婦と云えども一緒に外に出て行って、一緒に体験を共有することが少ない。二人に共通する話題や、共通する体験が多ければ多いほど対話の内容が増える。一緒に働く、一緒に旅行にいく、一緒に趣味をする。同じ釜の飯を食うという言葉があるが、その共通の体験が強い人間関係を築いていく。夫婦の関係を強くするためには、ともに泣き、共に笑い、共に楽しみ、共に過酷なことをも味わう。共通の体験を通じて夫婦の絆を深める。
4).夫婦と云えども、元は他人。親しき中にも礼儀あり。
お互いに仲良く尊重し合いながら生きて行こうとするなら、親しき中にも礼儀ありだろう。これを守っていかないといけないのに、もう夫婦なんだからと粗雑になってしまう。お茶を入れてもらっても、「ありがとう」という感謝の言葉を表す。ねぎらいの言葉をかける。夫婦と云えども、もともとは他人だ。常に他人だという礼儀を弁えないと、その小さな心遣いがないと少しずつ亀裂が入る。親しき仲にも礼儀ありというが、他人にだったらする普通の心遣いをするのと同じように礼儀を重んじる。夫婦の美学として大事なことである。
5).家庭とは理屈抜きに信じあい、許し合って生きる場である。
理屈抜きに信じあい、理屈抜きに許し合って生きる。家庭は理屈を言って正義を正す場所ではない。お互いに欠点や短所を攻め合ってはいけない。どんなことがあっても家に帰ったら許し合うこと。家に帰ったら責められるのではないか。叱られるのではない。不満を言い合うことになるのではないかと考えると、自然と家に帰りたくなくなるもの。責め合うのではないかと思ったら家に帰れなくなってしまう。ゆえに理屈抜きに、あるいは理屈を超えて、お互いが許し合う、お互いに良いところを褒め合う。夫が妻を褒め、妻が夫を信頼し、お互いに褒め合うことが無くなれば家庭の崩壊が始まるのです。
6).結婚という決断に人生をかける。
結婚とは人生最大の決断である。決断の意味とは、多くの可能性の中から一つの未来を選び取るということ。決断の断は、あるものを選び取って、それ以外は全て捨てて、選択したもの以外を断ち切るという勇気のこと。
選んだもの以外は全て断ち切る。どんな結婚であっても、苦しいこと辛いことは沢山出てくる。人生はそれらの苦難や問題の連続なんだ。どんな苦難も問題も、自分を成長させるために出てきているんだ。全ての苦難も問題も、全ては自分自身の成長のための課題である。困難も苦しみも逃げてはいけない。それは自分の決断に対する裏切りとなる。そういう恥ずかしい生き方をしてはいけない。だから結婚という決断に命かけるということ。この結婚は間違いであったと・・・。あんな相手を選ぶんではなかったと・・・。これらすべては一度しかない決断の結果である。甘んじて受け入れる覚悟が足りないだけ。
(川人の余談、これの言葉もほんとうに重い。その通りだと思いながらも・・・。理解はできるが、なかなか難しい)
7).子供の存在を強く意識する。子はかすがい。
子供の存在を考えれば、自分たち夫婦喧嘩なんて恥ずかしくてできない。子供ができると父となり、成長していく。父となり母となり、愛おしい我が子を見て、単なる夫婦関係というよりも親子あるいは家族という一つの集団としての自覚と、その家族という組織全体の調和を目指すことになる。そこに人間としての成長がある。子供がいるからこそ親は成長できる。父の父性を育ててくれる。まさに子はかすがい。子供は夫婦の絆を実現してくれる大きな楔となっている。
8).セックスは人生の三分の一の重みを持つ重要課題。
工夫と努力を絶え間なく繰り返してよいセックスライフが必要だ。セックスは単なる生殖活動という単純なものではない。肌と肌が触れ合い、男と女が交わる。このスキンシップがいかに大切か。関り方、想像を繰り返し、性を単純に卑猥なものと片付けるのではなく、セックスは大切な人間としての文化たらしめていかなければならない。
セックスは人生の三分の一を占める大切なものだ。仕事が三分の一、家庭が三分一、セックスが三分の一、精神的肉体的両面において、お互いにお互いの性欲を満足させる必要がある。
(川人の余談、思風先生の真剣な講義の中ででてくる話であるが、性の話題をエロチックに考えたり、人前では話せない話題でもある。オープン過ぎたり露骨に話す必要もないかもしれないが、夫婦の愛というテーマでは欠かせないものだと思う。そして三分の一という重みも面白い。やはりスキンシップは大切だと思う)
9).理念への問いをお互いに持つ
理念への問い。夫(妻)とは何か、父親(母親)とは何か、命から出てくる問題を常に考えて生きていることが大事。答えはない。答えを持つと自分を縛り、相手を縛って堅くなってしまう。問い続けることが大切。夫婦が尊敬し合って生きる。信頼し合って生きる。成長し合って生きる。お互いに尊敬と信頼がないと生きられない。
10).人生に失敗の人生はない
人生は生まれてから死ぬまで体験だ。体験無しには真実は語れない。肉体とは体験する力である。体験とは真実を語る力である。苦しい体験もある、喜怒哀楽もある。体験はすべて真実を教えてくれるものだ。
原理的に言って失敗の人生などない。みなそれぞれの体験を通じて素晴らしい人生だったねといって、最期に人生を閉じる必要がある。
次回の講義も楽しみですね。次回は10月31日、講義テーマは「真実の愛とは何か、美徳とはなにか」についてお話を頂きます。思風先生の深く大きな愛の哲学を共に学ばせていただきましょう。
拝 世話人 川人正臣

Доступные форматы для скачивания:
Скачать видео mp4
-
Информация по загрузке: