G.マネンテ/石村隆行 歌劇「アラ・レガッタ」前奏曲 Giuseppe Manente :“Alla Regata” Preludia dell’Opera liraca Op.94
Автор: MOConcordia
Загружено: 2024-09-07
Просмотров: 343
作者は1867年2月2月イタリア、モリーゼ州カンポバッソのグリネージに生まれ(※1)、1941年5月ローマに逝いた作曲家、指揮者、トランペット奏者で、出生証明書に記載されたフルネームはジュゼッペ・フラヴィアーノ・カルロ・マネンテとなっている。現在イタリアでは20世紀前半のイタリア吹奏楽黄金時代を象徴する存在として再評価が進んでいる。
幼少時より父リボリオから音楽教育を受け、わずか13歳の時に病に倒れた父の代わりに市民コンサートの指揮を執ったとある。サン・ピエトロ・マジェリアの王立音楽院を卒業後、22歳の若さで陸軍歩兵60連隊軍楽長に就任、1898年のトリノ万博では800人以上で編成された吹奏楽団を指揮している。その後も各地の軍楽長を歴任しながら主要な作品の殆どを占める吹奏楽作品を生み出した。作品の総数は約440曲と言われているが1939年にベラティ社から出版された吹奏楽曲には592bisと記載され更に膨大な作品があると考えられる。
本作はマネンテが書いた唯一の舞台歌劇作品で(別にオペレッタ「白鳥の楽園」がある)、1928年にフィレンツェのミニャーニ社から前奏曲が出版されたが、歌劇自体の声楽とピアノによる草稿が1902年に恩師チェザーレ・デ・サンクティスに送られている。歌詞はトスカーナの文人、アッサンドロ・マルティネッティによる一幕ものの叙情詩で、内容は「ナポリ湾の村の近くで行われたボートレースで、金持ちのジョルジョが優勝することに成功するが、近くの教会で聖体賛美歌「おお、救いの犠牲者」が演奏されているときに、恋敵に殺される」という悲劇的なものである。この歌劇のマヌスクリットは残されていないようだが、前奏曲はペルージャのベラティ社が吹奏楽版を出版(年代不明、中野譜庫所蔵)、その後前述のミニャーニ社からサロン編成のオーケストラ版が出版された。またこの歌劇はソンツォーニョ社のコンクールの為に書かれたもので1906年3月にピストイアのマンゾーニ劇場で上演された事があるという記述がMusica Moderna誌(1906年9号)にも掲載されているが、下記(*)誌によれば、これを証明する記録は現在確認出来ていないという。ちなみに本号にはピアノリダクション譜も掲載された。マネンテの楽曲ではあまり見られない優艷な転調の妙を思うと、この歌劇の全体像がボーカルスコアしか残されていない事は痛恨の極みと言える。
ちなみに題名となっているヨットレースは現在でもナポリ湾で開催されている。
※1 従来は1867年2月3日モルコーネに生まれ、というのが通説だったと考えられるが、下記参考資料(*)の出生証明書の記録に基づき本記載とした。この書籍はマネンテの生誕150年を祝って出版されたもので関係者に配布されたものと考えられる。
解説:横澤 恒
参考資料:
・Il Maestro Giuseppe Manente, fondatore della Banda Musicale della Guardia di Finanza ; Sergio Bucci/Alberto Mammarella(2017)
・Musica Moderna ; Editore Proprietario, Raffaele Calace (1906.5, Anno2-n.9)
・Dizionario dei Musicisti ; Alberto De Angelis, Abnonia(1928)
・石村隆行氏提供資料
Доступные форматы для скачивания:
Скачать видео mp4
-
Информация по загрузке: