20251204七ケ所参り
Автор: matsumura mitsuru
Загружено: 2025-12-10
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第71番札所 剣五山 千手院 弥谷寺(けんござん せいじゅいん いやだにじ)
真言宗善通寺派・本尊:千手観世音菩薩 開基:行基菩薩 創建:天平年間(729〜749)真言:おん ばざら たらま きりく
弥谷寺の歴史・由来
創建について
今からおよそ1300年前。人皇第45代聖武天皇の勅願により、行基菩薩が堂宇を建立し、疾病平癒の為、光明皇后により、『大方広仏華厳経』がお祀りされ、寺院を創建したといわれています。また、華厳経以外にも、寺宝の経典の中には天平年間724年頃につくられた経典が残っており、少なくとも724年以前には寺院が建立されていた事が伺へ、大師生誕(774年)の50~100年程前に創建された事が分かっています。
弥谷寺の見どころ
大師堂本堂・獅子の岩屋・弥陀三尊磨崖仏(大師堂から本堂へ向かう途中の岩壁にあり、大師が刻んだとされています。「磨崖仏(まがいぶつ)」と呼ばれ、真言を唱えると極楽往生ができるともいわれます。)
第72番札所 我拝師山 延命院 曼荼羅寺(がはいしざん えんめいいん まんだらじ)
真言宗善通寺派 本尊:大日如来 開基:弘法大師 創建:大同2年(807)真言:おん あびらうんけん ばざらだどばん
聖観音立像
観音堂に安置されており、158cmの檜一木造りで端麗な佇まい。平安後期の作。香川県有形文化財。四国88カ所記念切手にこの仏様のお顔が描かれています。
曼荼羅寺の歴史・由来
縁起によると、創建は四国霊場で最も古い推古四年(596)。讃岐の領主・佐伯家の氏寺として創建され、初め「世坂寺(よさかでら)」と称していました。唐の青龍寺にならって伽藍を三年がかりで建立。本尊に大日如来を祀り、唐から持ち帰った金剛界と胎蔵界の曼荼羅を安置し、寺名を「曼荼羅寺」に改めました。
曼荼羅寺の見どころ
聖観音立像・笠松大師・西行の昼寝石(平安時代末期の歌僧・西行がこの寺に通っては昼寝をしていたという石。)
第73番札所 我拝師山 求聞持院 出釈迦寺(がばいしざん ぐもんじいん しゅっしゃかじ)
真言宗御室派 本尊:釈迦如来 開基:弘法大師 創建:奈良後期〜平安時代前期 真言:のうまく さんまんだ ぼだなん ばく
捨身ヶ嶽禅定
寺の境内から50分ほど登った場所にあり、さらに100m進むと大師捨身のお行場が毎月旧暦15日には護摩祈祷が行われています。
第74番札所 医王山 多宝院 甲山寺(いおうざん たほういん こうやまじ)
真言宗善通寺派 本尊:薬師如来(伝弘法大師作)開基:弘法大師 創建:平安時代初期 真言:おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
本堂
檜の一木造りで、重厚な姿と力強く引き締まった表情が印象的な「薬師如来像」が祀られています。
甲山寺の歴史・由来
甲山寺周辺は弘法大師の故郷で、幼少時代によく遊んだといわれる場所。平安初期、壮年期になった弘法大師は善通寺と曼荼羅寺の間に伽藍を建立する霊地を探していました。
第75番札所 五岳山 誕生院 善通寺(ごがくざん たんじょういん ぜんつうじ)
真言宗善通寺派 本尊:薬師如来 開基:弘法大師 創建:大同2年(807)真言:おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
金堂
善通寺の本堂。創建当時の金堂は、永禄元年(1558)、三好実休の兵火により焼失し、現在の建物は、元禄12年(1699)に上棟されたものです。本尊・薬師如来坐像は、像高3メートルにも及ぶ丈六の巨像で、元禄13年(1700)、御室大仏師北川運長によって造像されました。
五重塔
総高43メートルに及ぶ大塔で、善通寺のシンボルとして、広く人々に親しまれています。創建以来、大風や火災により、いくたびかの倒壊・焼失を経ましたが、そのたびに再建されました。現在の塔は、弘化2年(1845)、仁孝天皇の御綸旨により再建が始められ、明治35年(1902)に完成したものです。
善通寺の歴史・由来
五岳山 善通寺の創建は、『多度郡屏風浦善通寺之記』(江戸時代中期成立)によると、唐より帰朝されたお大師さまが、御父の寄進した四町四方の地に、師である恵果和尚の住した長安・青龍寺を模して建立したお寺で、大同2年(807)臘月(陰暦12月)朔日に斧始めを行い、弘仁4年(813)6月15日に落慶し、父の諱「善通(よしみち)」をとって「善通寺」と号したと記されています。
鎌倉時代に佐伯家の邸宅跡に「誕生院」が建立され、江戸時代までは、善通寺と誕生院のそれぞれに住職をおく別々のお寺でしたが、明治時代に至り善通寺として一つのお寺となりました。現在は真言宗善通寺派の総本山であり、また四国八十八ヶ所霊場の75番札所でもあります。
善通寺の見どころ
金堂・五重塔・御影堂(弘法大師が御誕生された佐伯家の邸宅地に建ち、奥殿には大師自筆と伝わる本尊・瞬目(ひめき)大師像が秘蔵されています。現在の建物は天保2年(1831)に再建され、昭和12年に大規模な修築がされました。また、御影堂地下には、約100メートルの「戒壇めぐり」があり、暗闇の中、御宝号を唱えながら大師と結縁する道場となっています。
第76番札所 鶏足山 宝幢院 金倉寺(けいそくざん ほうどういん こんぞうじ)
天台寺門宗 本尊:薬師如来 開基:和気道善 創建:宝亀5年(774)真言:おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
大師堂
智証大師と弘法大師の像を安置。共に「大師」の称号を得、「讃岐の五大師」に数えられています。
訶利帝堂
本堂の左。訶利帝堂(かりていどう)に訶利帝母(鬼子母神)の尊像を祀っています。
金倉寺の歴史・由来
金倉寺は、弘法大師の甥で天台寺門宗の開祖「智証大師」が誕生した地。縁起によると、弘法大師が生まれた宝亀5年に智証大師の祖父・和気道善(わけどうぜん)が建立し、道善は「自在王堂」と名づけ、仁寿元年(851)11月に官寺となった際に開基の名をとって「道善寺」となりました。その後、唐から帰朝した智証大師が唐の青龍寺にならって伽藍を造営、薬師如来を刻んで本尊に。「金倉寺」になったのは928年、醍醐天皇の勅命で、地名の金倉郷にちなんだ寺名となったようです。
金倉寺の見どころ
大師堂・訶利帝堂(かりていどう)・乃木希典(のぎまれすけ)将軍
遺品展示室(明治31年から約3年、この寺で暮らした乃木希典愛用の軍帽、肖像画、夫人からの 手紙などが保存されています。)
本尊は薬師如来で、向かって右に不動明王、左に阿弥陀如来の三尊を配しています。
第77番札所 桑多山 明王院 道隆寺(そうたざん みょうおういん どうりゅうじ)
真言宗醍醐派 本尊:薬師如来 開基:和気道隆 創建:和銅5年(712)真言:おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
潜徳院殿堂
本堂の左裏手。江戸後期の典医・京極左馬造公の墓所で、眼病にご利益があると信仰されている。
観音像
西国、秩父、坂東の百観音のほか、観音霊場として名高い各地の本尊、水子供養の観音像や交通安全の観音像など255体が建立されている。
道隆寺の歴史・由来
仁王門をくぐると、ブロンズの観音さんがずらりと並んで迎えてくれる。創建ころのこの付近一帯は広大な桑園で、絹の生産地であったようである。縁起によると、和銅5年、この地方の領主、和気道隆公が桑の大木を切り、小さな薬師如来像を彫造し、草堂を建てたのが寺の初めといわれる。道隆公は、周囲5メートル近い桑の大木が、夜ごと妖しい光を放っているのを見た。この光を怪しみ矢を射ると、女の悲鳴があり、乳母が倒れて死んでいた。嘆き悲しんだ道隆公は、その桑の木で仏像を彫り、草堂に安置して供養する。
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