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親鸞の二種回向観

Автор: 本願海濤音

Загружено: 2025-12-21

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親鸞の二種回向観:凡夫往生道確立の原理

エグゼクティブサマリー

本稿は、廣瀬惺氏の論文に基づき、親鸞思想の核心である「二種回向観」を分析する。親鸞は、煩悩を抱えたまま生きる「凡夫」の現実を仏道の出発点に据え、従来の仏教観に根本的な転換をもたらした。その思想的支柱が、如来からの働きかけである「往相回向」と「還相回向」という二種の回向である。

この二種回向の教えは、如来を単に内在的あるいは超越的な存在として固定化してしまう信仰上の誤り(「沈・迷の二機」)を克服する原理として見出された。すなわち、二種回向とは、如来の「超越即内在・内在即超越」というダイナミックな相即性を示すものである。特に、衆生の現実世界へ働きかける「還相回向」(従果向因)が、衆生を浄土へ向かわせる「往相回向」(従因向果)に先行し、その根拠となる点が重要である。

この原理は、信心の実践において決定的な意味を持つ。二種回向によって開かれる救済は、単に苦悩の現実から逃避する道(往相)だけでなく、その苦悩の現実を生き抜く力(還相)を同時に与える。これにより、親鸞は凡夫が現実世界にしっかりと根を下ろしながら、同時に生死を超克していく「凡夫往生道」を確立したのであった。


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1. 親鸞思想の根本的転換

親鸞の思想は、その生涯を通して一貫して「凡夫」の現実に立脚している点に最大の特徴がある。思想家の三木清は、遺稿『親鸞』において次のように評した。

親鸞はつねに生の現実の上に立ち、体験を重んじた。そこには知的なものよりも情的なものが深く湛えられている。…生への接近、かかる現実性、肉体性とさへいい得るものが彼の思想の著しい特色をなしている。

この「凡夫」としての立場から、親鸞は従来の仏教が重心を置いてきた「成仏(無上妙果・滅度)」という目標から、煩悩を抱えたままの現生における「信楽」や「正定聚」の獲得へと、仏道の重心を大きく転換させた。これは、以下の二つの転換を意味する。

出家仏教から在家仏教へ: 限られた修行者だけでなく、すべての人間が救いの対象となる道を開いた。
煩悩否定から煩悩肯定へ: 煩悩的生の現実を否定するのではなく、その只中で作動し、むしろその生を尽くさしめることで成就する仏教への転換。

この革命的な仏道転換の根本原理として、親鸞が主著『教行信証』の冒頭で掲げたのが「二種回向」である。

謹んで浄土真宗を按ずるに、二種の廻向有り。一つには往相、二つには還相なり。

2. 二種回向開顕の契機:沈・迷二機相の超克

親鸞が二種回向の教えを開顕するに至った直接的な契機は、『教行信証』の「信巻」序(通称「別序」)に記された二つの信仰上の誤り、「沈・迷の二機」を克服する課題にあった。これらは、人間が絶対者(如来)と関わる際に普遍的に陥りがちな誤謬として、親鸞自身が対峙した課題でもあった。

沈の機:「自性唯心に沈む」者
如来を単に自己の内在的な原理として固定化・実体化してしまうあり方。
結果として、「広大無辺際」なる「浄土の真証を貶す」ことになる。
迷の機:「定散の自心に迷う」者
如来を単に自己の外部にある超越的な存在として固定化・実体化してしまうあり方。
結果として、自らの行に固執し、「金剛の真信に昏し」ことになる。

この二つの誤謬の根源は、称名念仏をしても救済が実感できない「不如実性」の問題にあり、その原因は如来が「実相身」(超越的な側面)と「為物身」(衆生のために働く内在的な側面)という二つの身体を持つことを知らない「不知」にあると指摘される。

親鸞はこの「不知」の克服を、「仏願の生起本末を聞く」ことによって果たした。これは、如来の働きが、衆生の現実を超越した法性法身(本)に根源を持ちながら、同時に方便法身(末)として衆生の煩悩の中に現れ働くという事実を知ることに他ならない。すなわち、如来の「超越即内在、内在即超越」という相即的な真実を領解することであり、これこそが沈・迷の二機を超克する道であった。

3. 二種回向の構造と原理

親鸞の著作において、二種回向に関する表現は、大きく二つの視点からなされている。

1. 行信成就の原理として: 如来の二種回向によって、衆生の側の行や信が成就するという、救済の背景・原理として讃仰される視点。
2. 信心の境界(功徳)として: 信心を得た者が、自らの内面に開かれる功徳・利益として実感する実践的な視点。親鸞の和讃などでは、こちらの表現が多数を占める。

廣瀬惺氏の分析によれば、従来の解釈では「往相・還相は衆生に属し、回向は如来に属する」と一面的な理解がなされてきたが、親鸞の『論註』の訓読からは、往相も還相も共に「如来が衆生を救わんとする相」として捉えられていたことが明らかになる。この視点から、二種回向は以下のように再定義される。

還相回向(従果向因): 如来が衆生の煩悩的生の内に、果(悟りの世界)から因(迷いの世界)へと働きかける相。衆生を超越した法性法身が、方便法身(法蔵菩薩)として現れる働きであり、「超越即内在」の原理を示す。この働きを特徴づけるのは「廻入」である。
往相回向(従因向果): 如来が衆生の行信となり、衆生と共に因(迷いの世界)から果(悟りの世界)へと向かう相。衆生の現実の中で救済が実現していく働きであり、「内在即超越」の原理を示す。この働きを特徴づけるのは「回施」である。

重要なのは、この二つの回向の前後関係である。如来が衆生の煩悩世界に働きかける「還相回向」がまずあってこそ、衆生が浄土へ向かう「往相回向」が可能となる。つまり、還相が往相に先行し、その根拠となる。この構造により、法蔵菩薩の本願が、久遠の仏である阿弥陀如来(法性法身)の慈悲に根差したものであることが保証されるのである。

4. 信心における二種回向の実践的意義

二種回向の原理は、信心を得た者の上で、救済の具体的な内実として開かれる。それは、単に苦悩からの解放を意味するだけでなく、苦悩の現実そのものを生き抜く力を与えるという二重の構造を持つ。

往相回向を境界とする時: 衆生は生死を超える道を与えられる。
還相回向を境界とする時: 衆生は生死の現実を尽くす力を与えられる。

親鸞にとって、真の救いとは、この二つが不可分に結びついている状態であった。生死を超える道(往相)は、苦悩に満ちた生死の現実をしっかりと生き抜く道(還相)が開かれてこそ、確かなものとなる。さもなければ、救いは単なる現実逃避に堕してしまう。

親鸞が和讃の草稿本で「火宅の利益は自然なる」という句を「火宅に還来自然なる」と記していたことは、彼にとって苦悩の現実世界(火宅)に立ち還り、それを生き抜く力こそが、信心の無上の利益であったことを示唆している。

この信心の深化の過程は、『教行信証』「信巻」に記された「一念転釈」の記述にも見ることができる。信心はまず「真実信心」(往相)として確立され、やがて「願作仏心」「度衆生心」(還相)へと展開していく。つまり、救われるだけの身から、他者を救おうとする如来の心(大慈悲心)に感応していくのである。

最終的に、「往相回向の利益には、還相回向に廻入せり」と和讃に詠われるように、衆生が浄土へ向かうという利益(往相)は、突き詰めれば、如来がこの世界に還り来て衆生を救おうとする大悲の働き(還相)に包摂されていることが知らされるのである。

5. 結論:凡夫往生道の確立

親鸞によって開顕された二種回向の教えは、凡夫が生死の現実に惑わされることなく立ち向かい、その生を尽くしながら、同時に生死を超越していく道を確立した。それは、如来の還相回向(従果向因)という大悲の働きを根源とし、その働きが往相回向(従因向果)として衆生の上で確実に実現されるという、強固な救済の論理である。

この思想は、親鸞が『教行信証』全体を締めくくる以下の言葉に凝縮されている。

信楽を願力に彰し、妙果を安養に顕さんと矣。

ここで言う「願力」とは如来の還相回向の働きであり、「信楽」はその働きによって開かれる信心である。そして、その結果として「妙果」(浄土での悟り)が「安養」(浄土)に顕される。これはまさしく、二種回向の原理によって凡夫の往生道が開かれることを高らかに宣言した、浄土真宗開顕の書にふさわしい結語と言える。

親鸞の二種回向観

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