日本武尊　ヤマトタケル　焼津神社

日本武尊（ヤマトタケル）と焼津神社
はじめに
日本の古代史や神話に登場する英雄たちの中でも、特に広く知られている人物の一人が**日本武尊（やまとたけるのみこと）です。彼の物語は、古事記や日本書紀といった日本最古の歴史書に記されており、その勇敢さ、悲劇性、神格化された死などは後世の人々に強い印象を与え、今なお多くの神社で祀られています。その中でも、日本武尊と深い関係を持つのが焼津神社（やいづじんじゃ）**です。この神社は、静岡県焼津市にあり、日本武尊の壮絶なエピソードに由来する非常に由緒ある神社です。

本稿では、日本武尊の人物像、焼津神社の由緒、そして両者の関係を中心に、日本神話と歴史の繋がりをひも解いていきます。

日本武尊とは何者か
日本武尊は、第12代景行天皇の皇子であり、本名は「小碓命（おうすのみこと）」とされています。幼少期には粗暴な性格とされながらも、並外れた武勇を持つ若者として描かれています。

父・景行天皇の命によって、日本各地で反乱を起こしていた豪族たちを平定するために派遣されたのが、日本武尊の代表的な業績です。西国の熊襲（くまそ）や東国の蝦夷（えみし）など、朝廷の支配が及ばない地域に赴き、武力や知略をもって平定していきます。これらの遠征の過程で、多くの英雄譚が語られるようになりました。

その中で特に有名なのが、「焼津」の地での出来事です。

焼津の火難 ― 草薙剣と燃えさかる野
東国遠征の際、日本武尊は現在の静岡県にあたる駿河の地を通ることになります。ここで、敵対する部族の策略により、日本武尊は一つの罠にかけられてしまいました。

それは、**焼津（やいづ）**の地での出来事です。敵に囲まれ、周囲の野に火を放たれてしまったのです。逃げ場を失った日本武尊にとって、絶体絶命の危機でした。

しかし、彼はその時、**草薙剣（くさなぎのつるぎ）**という神剣を所持していました。この剣は、天照大神の弟・スサノオが八岐大蛇（やまたのおろち）を退治した際に、その尾から得たという伝説の剣です。本来は三種の神器の一つであり、日本武尊は伊勢神宮の倭姫命（やまとひめのみこと）からこの剣を預かっていました。

日本武尊はこの剣を使って、自ら草をなぎ払い、風上に火を放って敵の火を逆に利用し、自身を囲む火の手を退けたのです。この時の剣の力と知恵が奇跡的に災いを退けたことから、「草薙剣」という名がついたとされます。

この火難を免れた地が、現在の焼津であり、この伝説にちなんで「焼津神社」が建立されたのです。

焼津神社の由緒と由来
**焼津神社（やいづじんじゃ）**は、静岡県焼津市焼津に鎮座する古社で、日本武尊を主祭神としています。その創建は古代にさかのぼり、正確な年は不明ですが、古くからこの地で崇敬を集めてきました。

社伝によれば、日本武尊が火難から脱出した後、その地に剣を埋めたという言い伝えがあります。神社の背後にある**御剣山（みつるぎやま）**はその由来地とされ、神聖な場所として長く守られてきました。

この神社では、日本武尊の勇敢な行いと、その精神力、そして国家の平定に尽力した功績をたたえ、祭祀が行われてきました。毎年の例祭や神事では、地域の人々がこの神話を再確認し、自然や祖先への感謝を捧げています。

焼津神社の見どころ
焼津神社は、境内全体に歴史の重みを感じることができるスポットです。主な見どころとしては以下のようなものがあります：

本殿・拝殿：神明造の伝統的な様式を持つ建物で、静謐で神聖な空気が漂います。

御剣山：日本武尊が剣を埋めたとされる神聖な小山で、現在も登拝はできず、柵で守られています。

神宝：草薙剣を模した剣など、関連する神宝や古文書が神社に伝えられています。

焼津神社の大祭：毎年8月に行われる「焼津神社大祭（荒祭り）」は、町中が神輿や太鼓、笛で賑わい、日本武尊の英雄譚を祝う盛大な行事です。

草薙剣のその後と熱田神宮
草薙剣はその後、尾張（現在の名古屋市）に住む宮簀媛命（みやずひめのみこと）という女性に預けられ、日本武尊の死後、熱田神宮に奉納されました。熱田神宮は現在、草薙剣を祀る神社として全国的に知られています。

つまり、日本武尊と草薙剣、そして焼津神社・熱田神宮という一連の神話・信仰の流れは、日本の古代信仰の核となる物語の一つであり、日本文化に深く根差しているのです。

日本武尊の死と神格化
東国を平定した後、日本武尊は疲れ果てて病に倒れ、伊勢の能褒野（のぼの）で亡くなります。その死に際して、彼の魂は白鳥となって天へ飛び去ったとされています。この「白鳥伝説」は、死後に神格化されたことを象徴しており、彼を祀る神社では白鳥を神使とするところもあります。

また、彼を祀る神社は全国に数多くあり、その中でも：

焼津神社（静岡県）

熱田神宮（愛知県）

白鳥神社（奈良県、香川県など複数）

などが特に有名です。

結びに
日本武尊は、単なる軍事的英雄ではなく、日本神話において「国を守る神」「旅する神」として重要な存在です。その行動の一つ一つが、日本列島に平和をもたらしたとされ、彼の物語は日本人の心に深く根を下ろしています。

焼津神社は、その伝説の中でも特に劇的な「火難」を乗り越えた場所に建てられた、神話と現実が交差する場所です。ここを訪れることで、日本神話の世界観に直接触れることができ、古代の人々の信仰や精神に思いを馳せることができるでしょう。