特集「キャッチ」“海猿”潜水士へ若き海上保安官が狭き門に挑む

特集「キャッチ」です。海の安全を守る海上保安官のうち、“海猿”として知られるのは、海に潜って人命救助にあたる『潜水士』です。１年前の挫折をバネに、『潜水士』への狭き門に挑む若き海上保安官の姿を追いました。

■訓練の様子
「引けー！降ろすぞ！」
「捜索の準備いけ！こっちやっとく！」

張り詰めた空気が漂うのは、海上保安庁の巡視船です。

■訓練の様子
「そっち離してどうするんか！ロープから離せ！状況考えろ！」

時には、怒号が飛び交います。厳しい訓練を繰り返すのは、どんなに困難な現場でも、人の命を救うためです。最前線で体を張る憧れの潜水士を目指して、一人の若き海上保安官は、覚悟を胸に挑戦を続けています。

福岡海上保安部に所属する永野泰紀さん（２３）は、採用されて５年目、巡視船『むろみ』の乗組員です。

『むろみ』は、全国１１管区の海上保安本部に合わせて２２隻、九州北部と山口県西部を管轄する第７管区には３隻しかない『潜水指定船』です。海難救助のスペシャリスト・潜水士が配置されています。

先輩たちの背中を追う永野さんは、潜水士の証であるオレンジ色のウエットスーツに自分も袖を通したいと、希望しています。

■海上保安官・永野泰紀さん（２３）
「ここで見るだけでもすごいかっこいいし、背中に自分の名前が入って、専用の自分の体のサイズにぴったり合ったウェットスーツになるので、やっぱりかっこいいですね。」

対馬沖で座礁し沈んだ船の調査に向かうのは、海上保安庁の潜水士たちです。水深４０メートルまで潜ることが許され、人命救助や捜索にもあたる潜水士の数は、現在（ことし＠月時点）で全国に１２１人です。すべての海上保安官のうち、わずか０．８パーセントです。過酷な現場を耐え抜くには、心身ともにタフさが求められます。

潜水士になるには、広島県呉市の海上保安大学校で２か月に及ぶ厳しい『潜水研修』を受けた後、国家試験に合格する必要があります。その研修に参加できるのは、海上保安本部ごとに年に１回行われる選考会の通過者だけという狭き門です。

福岡海上保安部の巡視船『むろみ』で勤務する永野さんは、第７管区の選考会を控えていました。

業務の合間や休みの日に、時間を惜しんでトレーニングに励みます。

選考会で行われるのは、水泳やシャトルランなどの体力測定と面接です。去年は８人が受験し、通過したのは３人でした。

５歳で水泳を始め、高校時代には３年連続で全国大会に出場した永野さんが潜水士を目指すようになったのは、これまで培ってきた泳ぐ能力をより仕事に生かせると考えたからです。

しかし、去年初めて選考会に挑んだ際には、通過を勝ち取ることができませんでした。

■永野さん
「前回の手ごたえですか？ばっちりでした。絶対受かったと思いました。ショックでしたね。受かったと思っていたし、（潜水士に）なれると思っていたので。そこでやっぱり潜水士って簡単じゃないなと改めて思うようになって、そこから気合い入れてトレーニングをするようになりました。」

挫折を味わった永野さんにとって、乗り越えなければならない課題がありました。

ぶらさがって始めたのは、『懸垂』です。去年の選考会では２２回と、受験者の平均を下回りました。それ以来、苦手意識を払拭しようと、少なくとも一日に１５０回のノルマを自分に課して、１年間、努力を続けてきました。

そのひたむきな姿を近くで見守ってきたのは、先輩の潜水士たちです。

■先輩の潜水士・松尾雄基さん（２６）
「日ごろから筋トレとかしている姿は見ているので。選考会、いまの状態で受ければ私は受かると思っているので、この調子で頑張っていただければと思います。」

１１月３０日、いよいよ選考会本番を迎えました。

■永野さん
「緊張でバクバクですね。（Ｑ．懸垂の目標は？）３０を目標に頑張りたいと思います。もちろん合格が目標なので、それも成績全種目１位で合格できるのが一番いいと思うので、それを目指して頑張ります。」

ことしは、２１歳から２６歳までの若手海上保安官８人が選考会に臨みます。まずは、永野さんが最も得意とする種目・水泳です。クロールで３００メートル泳いだタイムを計測します。

参加者の中で最も速く泳ぎ切った永野さんのタイムは、手元の時計の計測で約３分３０秒と、２位に数十秒の差をつけました。

■永野さん
「水泳だけは得意分野なので、ぶっちぎっとかないと。」

午後に待っていたのは、去年、悔しい結果に終わった懸垂です。１年間の努力の成果を見せられるのか。目標は３０回です。

前半は快調に飛ばしたものの、２０回が見えてきたところから、徐々に苦しい表情に変わります。去年の記録２２回はクリアし、ここから真価が問われます。アゴを上げて２５回まで到達したところで、動きが止まりました。それでも、最後の力を振り絞った粘りの１回で、２６回まで回数を伸ばしました。目標としていた３０回には届きませんでしたが、練習も含めて自己最多記録を更新しました。

■永野さん
「一つ一つしっかり吸収して、まずは一人前の海上保安官になって。なおかつ潜水士としても一人前になれるように、一つ一つ大事にしていきたいと思います。」

選考会の結果が発表されるのは、来年の１月です。その日はきっと来ると信じながら、体を鍛え心を磨く、“海猿”の卵の挑戦は、まだ始まったばかりです。

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