新春初笑い 落語 チャンピオンスペシャル 三平たっぷり【落語】
Автор: 落語ch:荒獅子男乃助
Загружено: 2026-01-04
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1:01たらちね 12:02相撲場風景 23:24清書無筆 37:19お座敷艶噺 1:05:56源平盛衰記 1:24:08エンドトーク
「たらちね」
別題に「たらちめ」たらちね(垂乳根)は母にかかる枕詞。元は上方落語で「延陽伯」(えんようはく)の題で演じられた。八五郎が長屋の大家に呼ばれて行くと縁談話という。年は二十で、器量は十人並み以上、夏冬の着物もそろえているという、まことに結構な話だが、うま過ぎる話だと半信半疑になり何か訳ありなんじゃないかと聞くと「とても良い娘だが、言葉遣いが古典的で丁寧すぎて伝わらないことがある」と聞かされるが八五郎はそんなことは気にしないと言ってこの縁談を受けたが祝言の当日二人きりになると・・・
「相撲場風景」
相撲場風景は上方落語の演目の一つ。「角力場風景」とも「相撲風景」(すもうふうけい)と表記される場合もある。もともとは「子ほり角力」の前半部であったのが、独立して演じられるようになった。相撲に熱中する人々をスケッチした小品である。サゲはなく、酒飲みの件で「大騒ぎ。相撲場風景でございます。」と言って終わるのが一般的である、バリエーションとして客同士でタバコの火が着物のたもとにつき、「水だ水だ」というと「まだ水(=水入り)には早い」という落ちがある
「清書無筆」
江戸(東京)では「清書無筆」上方で「無筆の親」として知られていた噺を明治維新後、学制発布による無筆追放の機運を当て込んで細部を改作したものと思われます。 明治27年には二代目小さんによる 類話「無筆の女房」の速記も見られる。また明治28年の二代目(禽語楼)小さん明治29年の三代目小さん師弟の、ほとんど同時期の速記が残ります。三代目三遊亭金馬は昭和初期にこの噺を「勉強」と改題して改作し張り紙は「防火週間火の用心」に変え、しかも、おやじが盗んできたものには「ダンサー募集」とあったというオチにしてモダン風俗を取り込んでいました。先代林家三平もこの噺を三代目金馬から教わり同じ内容で演じていますが題名は「清書無筆」です
「お座敷 艶噺」
落語の噺ではないが初代林家三平がお座敷で旦那と芸者衆を相手に艶話で座を盛り上げる場を録音した音源。元の出所は不明だが途中芸者衆の踊りが入っているのでテレビ放映された番組を録音しものではないかと思われる
「源平盛衰記」
「祇園精舎の鐘の声~」のくだりをひとくさり述べたあと『平家物語』の粗筋を断片的に話し、それに関係しているかしていないか微妙なギャグやジョーク、小噺(時事ネタなど、現代の話でも全くかまわない)を連発、一段落ついたところでまた『平家物語』に戻る、という構成がとられる。小噺で笑いを取るほうが重要で、極端に言えば『平家物語』は数々の小噺をつなぎ止める接着剤の役割になっている。
初代 林家 三平
二つ目の時点で既に時代の寵児、そして落語協会の次代を支える若手の筆頭となっていた。真打への昇進ともなれば落語協会としてもやはり前座名でない立派な名を与える必要があった。五代目小さんは自らの前名で柳派の出世名である「柳家小三治」を三平に譲る事を考えた。これは柳派の正式な一員として育てる事を約束するようなものである。そして都合のいいことに三平本人の父の前名でもあった。一方、師匠七代目橘家圓蔵もまた自らの前名「月の家圓鏡」を三平に名乗らせたいという意向を持ち、さまざまな画策を行った。圓蔵は圓蔵で三平を橘家のホープ、そして自らの後継としたかったのである。三平は師匠圓蔵案(師匠の名を襲名)を一貫して拒み続けた。しかも小さん案(父の名を襲名)も受け入れず結局どの名跡も襲名することはなく「林家三平」のままで真打となったのである。そして三平の名を一代で大看板にした。
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