昇太 小朝 喬太郎 一朝 江戸落語の伝統と新波【落語】
Автор: 落語ch:荒獅子男乃助
Загружено: 2025-12-20
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0:48御神酒徳利 35:33扇の的 55:10竹の水仙 1:33:09包丁 1:44:29エンドトーク
「御神酒徳利」
日本橋馬喰町の刈豆屋吉左衛門という旅籠屋。年に一度の大掃除の日、通い番頭の善六が台所へ行くと将軍家から拝領したこの家の宝の御神酒徳利が転がっている。びっくりして、しまう場所を探したが適当な所がない。とりあえず隅の水瓶に入れ、掃除に戻りすっかり忘れてしまう。徳利のないことが分かり店中大騒ぎとなり善六も徳利のありかを聞かれたが・・・元は上方落語。別名に占い八百屋。現在に知られているものは、六代目三遊亭圓生が大阪から来た五代目金原亭馬生に習ったものであり、当初はサゲはなかった。また別口で三代目柳屋小さんも上方から「占い八百屋」の題で移入しており、こちらは大阪にたどり着く前に噺が終わってしまう。六代目圓生は昭和48年(1973年)の宮中の「春秋の間」でこの噺を御前口演した。
春風亭 昇太
昇太の師である春風亭柳昇は、落語を始める前に兵役負傷で手指を数本欠いたことから、新作落語専門で大成した人物であった。弟子は新作派の昔昔亭桃太郎、古典派の9代目春風亭小柳枝、瀧川鯉昇など分野は多彩である。昇太は新作を得手とするが多くの古典も手掛け他者に似ない昇太流の唯一無二の演出を施している。テレビの視聴者参加番組から弟子入りした経緯もあるがテレビ活動に力を入れるところも師の柳昇譲りである。元々は6代目春風亭柳橋の一門で柳派だが春風亭柳枝(4代目とそれ以前の)の流れをくむ。なお、同じ笑点メンバーである春風亭一之輔は林家彦六(8代目林家正蔵)の一門で元々は3代目柳家小さんの系統である。彦六は一之輔の大師匠・5代目春風亭柳朝の真打昇進時に、6代目柳橋から「柳朝」の名跡を譲り受けたが、昇太と一之輔は一門の関係では無い。生前の桂歌丸などから師匠の名跡である柳昇襲名を求める声もあるが保留している。
「扇の的」
平家物語から派生した噺として、那須与一の屋島の戦いでの扇の的の下りを詳しく話す春風亭小朝の演目。この噺の場合、サゲは初代林家三平が演じるサゲと同じである。林家三平版…平家物語冒頭→平家追討令下る→義仲入京→義経頼朝黄瀬川対面→義仲討ち死に→オイルショックの小噺→扇の的→交通事故にまつわる小噺→壇ノ浦合戦。立川談志版…マクラ(歴史上の人物の評価の変遷について)→平家物語冒頭→平清盛と常盤御前→袈裟御前と文覚→平家追討令下る→義仲入京→義経頼朝黄瀬川対面→義仲討ち死に→扇の的→ソビエト崩壊についての小噺→壇ノ浦の戦い。なお、談志が演じた「源平盛衰記」にはサゲがなく「平家物語」の冒頭部分を最後に再び語るが、元の三平や文治が演じた「源平盛衰記」には地口落ちのサゲが存在する
春風亭 小朝
1970年4月、5代目春風亭柳朝に入門
1980年5月に25歳で真打に昇進。36人抜きの抜擢昇進だった
師匠の5代目柳朝は彦六の総領弟子で小朝は彦六の孫弟子になる、彦六の存命中に真打になった唯一の孫弟子である。若い頃はテレビ出演やレコードなどで高座を多数披露していたが近年は高座の収録・配信などには消極的な立場をとり2020年6月のYouTube「鈴本演芸場チャンネル」生配信では当初番組に出演が予定されて配信に変更となった主任落語家の中で唯一参加していない。「初代国立劇場さよなら公演」企画の第二弾として、国立劇場(演芸場ではない)で、8代目中村芝翫主演の歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』五・六段目につなげて、小朝による忠臣蔵を題材にした落語二席『中村仲蔵』『殿中でござる』を「歌舞伎&落語 コラボ忠臣蔵」として上演、出演した。国立劇場での歌舞伎と落語の同時上演はこの時が初
「竹の水仙」
別題に「甚五郎(じんごろう)」名人と呼ばれた大工・左甚五郎を主人公とした演目である。天下の名工の左甚五郎が江戸へ下る途中、東海道の三島宿で名を隠して大松屋佐平という旅籠に長逗留した。朝から酒を飲み、一向に宿賃を払う気配もない。かみさんにせっつかれた佐平が催促するが平気の平左で毎日ゴロゴロしている。ある日、中庭の竹藪から手頃な大きさの竹を一本切ってくると、それから数刻、自分の部屋にこもって見事な竹の水仙を作った・・・3代目春風亭柳枝口演の「大黒」は、前半に甚五郎の東下りの一環として本演目と同じ内容を入れ、後半が「三井の大黒」に該当する内容となっている。これを収録した「明治大正落語集成 口演速記」第2巻の「演目解説」で暉峻康隆は、この演目の前半が「竹の水仙」になり、後半が「三井の大黒」になったという見解を示している。
柳家 喬太郎
人情噺で知られる柳家さん喬に入門する。新作落語の旗手である三遊亭圓丈から強い影響を受けながらも正統派の落語を学ぶためにさん喬を師匠に選んだといわれている。初高座は1989年12月29日、新宿末広亭で「道灌」を演じた。入門以前の学生の頃からテレビ出演もしていたため、周囲の誰もがそのままプロになると思っていたが、大学卒業後は大手書店に入社した。のちに夫人となる女性とはこの書店勤務時に知り合っている。もともと本が好きだっただけに書店員としての生活は充実していたものの落語への情熱は冷めやらず1989年(平成元年)落語家になることを決意して大手書店を退職し入門に至る
「包丁」
明治期に上方落語の「庖丁間男」を三代目三遊亭円馬が東京に移したものと言われています。ただ、明治31年11月の四代目左楽の速記が残っていて、この年円馬師はまだ16歳なので、この説には説得力がなく「・・・と言われています」と表現されます。左楽は「出刃包丁」の題で演じていますが、明治期までは東京での演題は「えびっちゃま」でした。他にいい女が出来たので世話になっている清元の師匠のおあきと別れたくなった久次は一計を案じ、兄弟分の寅を鰻屋の離れでもてなして、悪だくみの片棒に誘い込む。金のない寅もすぐ話しに乗って思い立ったが吉日で、すぐに実行するが寅がおあきをくどこうとすると、聞かばこそでやたらに頭をポカポカこづくものだから、寅はコブだらけ。閉口して悪計の一切合切を白状してしまうのだが・・・
春風亭一朝
五代目春風亭柳朝の総領弟子。師匠柳朝と同じく江戸前噺家である。またNHK大河ドラマ『龍馬伝』をはじめとしたNHKの時代劇ドラマの江戸ことば指導、映画『みをつくし料理帖』の廓言葉の指導も行なった。柳朝の師匠八代目林家正蔵にとって最初の孫弟子である。実際に、最初に入門を願い出た先は彦六の門であったが彦六は高齢であったうえに当時は三代目八光亭春輔、三遊亭好楽の2人が前座の身で、これ以上は面倒が見切れないということから、総領弟子柳朝に頼み、柳朝も快く引き受けた。趣味とする笛は、歌舞伎や落語での囃子を担当する程の名手。妻は歌舞伎役者、五代目片岡市蔵の娘である。
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