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【皇室日記】両陛下と愛子さま “沖縄慰霊”~痛みに触れ…親子で歴史を継承する旅~

Автор: 日テレNEWS

Загружено: 2025-06-20

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天皇皇后両陛下は6月4日と5日、愛子さまを伴い、戦後80年の慰霊で沖縄県を訪ねられました。沖縄戦の戦跡に立ち、生存者の体験や思いなどを聞かれた訪問は、“親子で歴史を継承する旅”でもありました。日本テレビ客員解説員の井上茂男さんと振り返ります。

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https://news.ntv.co.jp/category/socie...

■愛子さま初めての沖縄訪問 20万人が犠牲になった地

――先日、沖縄県を訪問された際の天皇ご一家ですね。

沖縄本島の南部、糸満市にある「国立沖縄戦没者墓苑」に到着し、3人で供花に進まれる場面です。天皇皇后両陛下は6月4日と5日、愛子さまを伴って戦後80年の慰霊で沖縄県を訪問されました。

愛子さまにとって沖縄は初めてで、また、両陛下が地方への公務に愛子さまを伴われたのは、即位後初めてと言っていいと思います。陛下は、戦争の歴史を次の世代に伝えていく必要性を話されていますから、両陛下が戦後80年で訪問される機会に、愛子さまにも沖縄を見せたい、歴史を伝えたい――という思いがあったと思います。

――私もニュースで伝えていましたが、皆さんの注目度の高さを感じましたし、大勢の方が歓迎されているという印象を受けました。今日は、天皇皇后両陛下、そして愛子さまの沖縄訪問にスポットをあてます。沖縄は住民を巻き込んで激しい地上戦が行われた地ですね。

沖縄戦では日米合わせて20万人余りが犠牲になりました。島の外へ逃げ場がありませんから、住民たちも巻き込まれ、沖縄県民の4人に1人が亡くなりました。

終戦の年の4月1日、アメリカ軍は本島中部の読谷村に上陸し、南と北に向かって進みます。やがて日本軍は首里城の地下にあった司令部を捨て、軍も、住民も、南の「摩文仁の丘」へと追われていきます。アメリカ軍の砲撃は「鉄の 暴風」と呼ばれるほど激しく、また、手りゅう弾を囲んで集団自決した一家も少なくありませんでした。

この「摩文仁の丘」の壕で司令官が自決し、日本軍の組織的な戦闘が終わったのが6月23日です。その日が沖縄の「慰霊の日」とされています。

――当時のことを想像すると、非常に胸が痛みます。

■「命どぅ宝」を胸に…戦後80年の“慰霊の旅”

――戦後80年の慰霊は硫黄島から始まったんですね。

4月7日の硫黄島に始まりました。6月4日、5日の沖縄、そして6月19日、20日には広島を訪れ、その後、8月15日「終戦の日」の全国戦没者追悼式があり、9月中旬には長崎への訪問も調整されています。

戦後80年の慰霊について、陛下は今年の誕生日の会見で思いを述べられています。

【天皇陛下 今年の誕生日会見】
「今年、戦後80年という節目を迎え、各地で亡くなられた方々や、苦難の道を歩まれた方々に、改めて心を寄せていきたいと思っております。そして、戦争の記憶が薄れようとしている今日、戦争を体験した世代から戦争を知らない世代に、悲惨な体験や歴史が伝えられていくことが大切であると考えております」

ポイントは、「悲惨な体験や歴史が伝えられていくことが大切」というところだと思います。沖縄には「命どぅ宝(ぬちどぅたから)」という言葉があります。「いのちこそ宝」という意味で、沖縄戦を通じて人びとが噛みしめた思いです。

3年前に沖縄復帰50周年を迎えましたが、陛下はリモートで参加した「記念式典」のお言葉で「命どぅ宝」という言葉を引用し、平和への思いを述べられました。その言葉を陛下が初めて使われたのは、沖縄を初めて訪問した27歳の時の感想でした。

いま愛子さまは23歳です。自分が沖縄を訪問したのと同じような年齢になり、自分が体験したように、自分の目で沖縄を見て、自分の耳で話を聞いて、沖縄の姿、“沖縄の傷”を知る――父・天皇として愛子さまにその機会を作られたのだと思います。

――愛子さまが同行された背景には、陛下の思いもあるんですね。

■予定を超え30分以上――遺族の声に耳を傾けられる

今回の沖縄訪問の日程を振り返ると、1日目は沖縄戦で亡くなった人たちの慰霊と視察、2日目は学童疎開船「対馬丸」の犠牲者の慰霊と視察、そして焼失した首里城の視察などが加わり、訪問先は沖縄本島の南部、慰霊にほぼ特化されていました。

こちらは、その沖縄本島の地図です。米軍が上陸した読谷村の南に那覇があり、さらにその先、最南端の糸満市にある沖縄戦終結の地、「摩文仁の丘」でご一家は慰霊をされました。

「摩文仁の丘」は、南側に断崖が迫り、“行き止まり”、“もう逃げ場のない地”であることがわかります。追い詰められて、この崖から身を投げた人も少なくなかったそうです。赤い屋根の建物が「国立沖縄戦没者墓苑」です。一帯は「平和祈念公園」という広い公園になっていて、「平和の礎」や「平和祈念資料館」があります。

「平和の礎」は沖縄戦の犠牲者の名が刻まれた記念碑です。「平和の波、永遠なれ」という願いが込められ、名前が刻まれた碑は、波が広がるように“ひらがなの「く」の字”の形に配置されています。

――確かに上から見ると、波が広がるように見えますね。

1日目。両陛下と愛子さまは、空港に到着するとすぐ「摩文仁の丘」へ向かわれました。途中、沖縄戦で亡くなった女子生徒らの慰霊碑「ひめゆりの塔」の前にはたくさんの人が集まり、両陛下と愛子さまは窓を開けて手を振って応えられました。

「ひめゆりの塔」から車で10分ほどのところにあるのが「国立沖縄戦没者墓苑」です。両陛下と愛子さまは3人並んで、約18万4500柱が合祀されている納骨堂の前へと進み、白い花を供え、深く拝礼されました。

拝礼が終わり、遺族の代表らに声をかけられました。一人ひとりに「お亡くなりになったのはどなたですか」「今はどのように過ごされていますか」などと質問されました。当初の予定は短時間のはずでしたが、お声かけは30分以上も続きました。

遺族・新垣生雄さん)
「家族が3人亡くなりました。その中で、おばあちゃんに私がだっこされた記憶が、悲しみの中でいまだ消えませんということは言いました。最後には、日本をはじめ全世界が平和であることを、お力添えをお願いいたしますと伝えました。愛子さまから、これからも遺族会についても頑張ってくださいというお言葉でした」

――ご一家は時間をかけて、遺族一人ひとりと向き合い、お話を聞かれたんですね。

このインタビューに答えてくれた新垣さんは、病気で亡くなられたそうです。平和への思いを肝に銘じたいと思います。

続いて「平和の礎」を訪ねられました。1995年、戦後50年にあたって作られた記念碑です。刻まれている名前は24万2000人余り。名前は今も追加されていて、ことし新たに追加された碑をご覧になりました。

さらに「沖縄県平和祈念資料館」を訪ねられました。ここでは、集団自決の悲劇を伝える展示や、戦争体験者の悲痛な証言集などをご覧になり、愛子さまは「すごく壮絶な。生きていくためにこういう選択をしなければいけないという」と感想を述べられていました。

その後、戦争体験者や戦争を伝える語り部たちと懇談されました。その中には、愛子さまと同世代の語り部もいました。

語り部・狩俣日姫さん(27)
「沖縄という土地の歴史柄、戦争を昭和天皇が始めたというきっかけからは切り離せないというところは感じています。ただその中で、皇室の皆さまはその歴史を過去のこととはせずに、そして今回、愛子さまも一緒に来られたというところは、その責任であったり、その歴史をちゃんと引き受けていく姿勢があるのかなと感じたので、沖縄で平和学習をしている身としては、とてもうれしかったです」

狩俣さんは27歳ですから、記憶の継承は若者が中心になってきていることを感じます。昭和天皇の名前が出ていましたが、住民を巻き込んで地上戦が行われ、その後も長くアメリカの統治下にあった沖縄では、昭和天皇の戦争責任に厳しい目が向けられてきました。1993(平成5)年、上皇さまが初めて天皇として沖縄を訪問された時、現地で取材していましたが、ピリピリした空気に包まれていたことを思い出し、時の移ろいを感じます。

――愛子さまと同世代の語り部のお話から、これから自分たちがしっかりと、次の世代に継承していかなければいけないという強い意志を感じました。

■疎開学童ら約1500人が犠牲に…「対馬丸」の記憶を伝える

2日目は、那覇市内の「小桜の塔」を訪ねて供花されました。

終戦の前年の8月、本土に疎開する学童たちが乗った「対馬丸」が悪石島沖でアメリカの潜水艦の魚雷を受けて沈没し、疎開学童、引率教師や乗員ら約1500人が亡くなりました。15歳以下の子どもの犠牲者は判明しているだけで1000人以上に上ります。その慰霊碑が「小桜の塔」です。

そして2004(平成16)年に開館した「対馬丸記念館」を視察されました。両陛下と愛子さまは、壁を埋める亡くなった子どもたちの顔写真を真剣な表情で見つめ、説明を聞かれました。

――これまで、こうした事件があったことすら知りませんでした。

当時はかん口令が敷かれ、多くの人が亡くなった事件があったことすら伏せられていたようです。「対馬丸事件」は戦後70年の前年、上皇ご夫妻が訪問されたことで多くの国民に知られることとなりました。今回また天皇ご一家が訪問されることで、記憶が継承されていくという意味もあると思います。

■50年前には火炎瓶事件も…「深い内省の中、心を寄せ続けていく」

午後からは沖縄の“かりゆしウエア”に着替え、首里城公園に向かわれました。ここでは、「沖縄国際海洋博覧会」の50周年記念の企画展などをご覧になりました。

――慰霊の時とは異なる、沖縄ならではのファッションに着替えられたんですね。

沖縄のウエアをご一家で身にまとわれるところに、「心を寄せている」ということを静かに示されていたのではと思います。

「海洋博」で思い出すのは、50年前の1975(昭和50)年7月、皇太子・皇太子妃時代の上皇ご夫妻の初訪問です。海洋博の開会式出席のためでした。

この時「ひめゆりの塔」で、地下壕に潜んでいた過激派から火炎ビンを投げつけられる事件が起きます。とっさに待避してお二人にけがはなく、視察は予定通り行われました。その日の夜、上皇さまは急きょ「談話」を公表されました。

【上皇さま 1975年 沖縄訪問時の『談話』】
『沖縄が、さきの大戦で、わが国では唯一の、住民を巻き込む戦場と化し、幾多の悲惨な犠牲を払い今日にいたったことは忘れることのできない大きな不幸であり、犠牲者や遺族の方がたのことを思うとき、悲しみと痛恨の思いにひたされます。払われた多くの尊い犠牲は、...
(2025年6月21日放送)

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