日々のお食事のいただき方。 (ショート法話573)
Автор: YouTube仏教法話 北海道岩見沢市・幌向善光寺 ~北の寺からch~
Загружено: 2025-05-14
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北海道岩見沢市 浄土宗西山禅林寺派「善光寺」 大久保瑞昭住職による短時間で聞けるショート法話です。 #仏教 #浄土宗 #浄土宗西山派 #法話 #お経 #念仏
#当・善光寺は、檀家さんより、年間、維持費として一万円、十夜法要への寄付金として五千円~をいただいております。
#当・善光寺では、他の多くの寺院と同様に、「離檀料(りだんりょう)」は必要ありません。
最近は、「タイパ(タイムパフォーマンス、時間の無駄を省き効率良く使うこと)」という言葉もあり、何かと「効率」が求められていますね。
「終活」や「断捨離」も、この「無駄を無くそう」という測面がありますよね。
この「無駄を省く」というのは、例えば、明らかに使わなくなったものを取っておくとか、自分には必要のないものまで取っておくとか、そういったことは、整理した方が良いとは思います。
しかし、何でもかんでも「無駄を省こう」と思って、「人間関係」まで、「無駄」だとして「整理」してしまうと、その行き着く先には、「自分」しか残らなくなってしまいますよね。
花は、私の状況とは全く関係なく、そこに咲いていますが、それを見て私が「無駄」と思うのでは無く、どのように受け止めるのか、ということですね。
これからお話することは、花ではなく、食事に関してのことなのですが、私の宗派では、ご本山に一定期間籠もるような研修では、食事をする前に、お経を称えます。
その食事の際のお経の一つに「五観の偈」というものがあります。
これは、「一つには功ノ多少ヲ計リ彼ノ来処ヲ量ル」「二つには己ガ徳行ノ全闕多減ヲ忖ル」「三つには心ヲ防ギ過ヲ顕スニ三毒ニ過キズ」「四つには正ニ良藥ヲ事トシテ形苦ヲ済コトヲ取ル」「五つには道業ヲ成ンカ為ニ世法ハ意ニ非ズ」というものです。
その意味は、「この食事が出来るまでのてまひまの多少と、出どころを考えよ。」「食事するおのれの日常の徳行は全なるか、多減なるかを考えよ。」「善心をふさぎ、罪過を顕すのは、おのれの三毒なることを知れ。」「食事はまさに良薬であり、(病)苦を救うために取ることを知れ。」「食事は仏道を成就せんがためであり、世俗の食事の法とは、意図の異なることを知れ。」となります。(稲葉是邦、『西山蓮門課誦』、西山浄土宗東部第一宗務支所)
この五つはどれも大切なのですが、ここでは特に、一つ目の、「一つには功ノ多少ヲ計リ彼ノ来処ヲ量ル」を取り上げます。
「この食事が出来るまでのてまひまの多少と、出どころを考えよ」ということです。
ただ「おいしい」ばかりを追求すると、それはともすれば、「刺激」を追求することになり、「もっともっと」と追い求めてしまい、煩悩のままに生きてしまうことになります。
そうではなく、お食事をいただいても、この目の前にあるお食事の背景、どのようにしてこのお食事がここにあるのか、どんな方々のてまひま、ご苦労があったのか、その背後の力、自分にとっての「縁」を想像する力を養いましょう、そういう想像ができるようにしましょう、ということですね。
それは、食事ばかりでは無く、自分自身も、色々な方々や物事の手助け・支えという「縁」によって成り立っているのですよね。
自分は自分の力だけで存在しているのではなく、むしろ、私の周囲によって、この「自分」が存在しているのです。
その「周囲」を、「縁」として受け止め、そこから、自分ができること、仏法では、仏の行いをしていきましょう、それを心がけた生活を送りましょう、ということなのですね。
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