生きる意味 ②社会と自分について
Автор: モモ
Загружено: 2025-08-30
Просмотров: 13
いつも、生きる意味を考えています。
私の経験の一部なので、一個人の考えとして、気楽に聴いてくださると嬉しいです。
話した内容です↓
あるきっかけで、無肥料、無農薬、自家採種の自然農法を知り、私の中の様々な常識が覆り、食、というものを、違った視点から考えることができるようになっていきました。
そして、今の社会に必要とされているものではないかと思いました。
自然農法は、まだ定義が曖昧なようで、私の自然農の認識は間違っているかもしれませんが、
こちらは、肥料を入れず、農薬を使わなければ、あとは何を自由にしても、自然農と呼ばせていただきます。
そんな農業で作られた食べものを食べてみたい、と思いましたが、高くて、送料も考えると、なかなか手が出ませんでした。
食は生命の基盤であるのに、心から信頼のできるものがなかなか手に入らない社会を疑問に思いました。
どうしてそんな社会なんだろう?
それは、食や製造業の国内自給率の低さや、経済のお金が、健康よりも、医療や介護、外国産などに重点をおいて回っていることが原因なのではないか、と思いました。
多くの人が、大量生産、大量消費を中心とした社会の中で、時間に追われて、手料理もできず、病気になり、
医療や介護にかかる人が多く、
保険料などを下げにくくなっているのではないかと思いました。
物価高や、医療介護費、税金など、支払わなければならないお金が増えれば増えるほど、生活の質が低下するような気がします。
また、大量生産、大量消費によって、社会全体での食べ物の必要量が莫大になっているため、
食料自給率をあげにくくなっているのではないか、と思います。
それは、製造業などでも似たようなことが言えると思います。生活必需品などの国内自給率も低いと思います。
また、大量生産の社会では、食べ物や日用品など、誰がどこで作っているのかが見えづらく、
購入するだけで、誰かを搾取しているのではないかと感じることもあります。
現代では、それを深く考えるほど、生きていきづらくなるように感じます。
悲しい現実に目を向け、取り除く努力をするだけでなく、そのような現実を引き起こす土台そのものを改善したいと思いました。
そのためには、農業などの1次産業や、製造業などの2次産業の
国内自給率があがれば、知らず知らずに行われている外国への搾取などが減り、
物価高に左右されにくくなるのではないかと思いました。
理想は、3時産業から、1.2次産業に人が移動することだと思いました。
私は、自分でこう考えるなら、自然農を始めようと思い、栄養士を辞めました。
管理栄養士は、毎年1万人前後増えているようなので、私がいなくても大丈夫、と思いました。
健康をおびやかす食材が手に入りやすい社会であれば、そちらを改善する一人になりたいと感じました。
大学に行かせてもらったのに、両親には本当に謝りました。
ただ、自然農を知ってから、自然農の食べ物や、自然の循環の摂理から外れすぎない日本食を食べていれば、栄養についてあれこれ考える必要がないのではないかと思うようになりました。
栄養学を学んでいるときは、食べ物を生命としてではなく、物質として捉えていました。
栄養計算を合わせるために、旬や地域をあまり気にせずに、あらゆる食べ物を寄せ集めて、穴埋めをしてしまうことに、違和感を感じていました。
今思えば、栄養学は、大量生産、大量消費を中心とした社会に合った学問であるような気がします。
同じように栄養士を辞める人は、どんどん増えて行くと思います。
大学などの学校の在り方も、時代に合わせて変わらなければ、貧困を生み出す要因となってしまうのではないかと思いました。
Доступные форматы для скачивания:
Скачать видео mp4
-
Информация по загрузке: