上野国三宮 三宮神社 群馬県北群馬郡吉岡町大久保
Автор: もめむみま
Загружено: 2025-12-14
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上野国三宮
三宮神社
群馬県北群馬郡吉岡町大久保
no.0024
主祭神
彦火火出見(ひこほほでみの)命
豊玉姫命
少彦名命
彦火火出見命は
瓊瓊杵(ににぎの)尊と木花開耶姫命の
第2子であり
火折(ほおりの)尊や山幸彦とも
呼ばれる
山幸彦の「幸」とは
生まれながらに弓矢という幸を
持っていたことに由来し
兄の火須勢理(ほすせりの)命は
釣針を生まれながらに持っていたため
海幸彦と呼ばれた
ある時、互いの「幸」を
交換したのだが
山幸彦=彦火火出見命は
兄の釣針を失くしたため
兄・火須勢理命から激怒される
そこで鹽土老翁(しおつちのおじ)の
案内で
海神(わたつみ)の元を尋ねると
釣針は見つかったが
3年留め置かれて
海神の娘・豊玉姫命と結婚した
そして陸に戻ると
海神の教えの通りに
海幸彦である兄・火須勢理命を
征伐したとされる
そして陸に来た妻・豊玉姫命は
妊娠しており、お産のため
産屋に籠ったのだが
絶対に覗かないようにと
彦火火出見命に告げた
しかし彦火火出見命が
こっそり覗くと
豊玉姫命は龍の姿をしており
豊玉姫命はこれを恥じて
海に去ったという
残された子どもは
産屋の屋根の頂点の合わせ目を
鳥の羽で葺き上げる前に
生まれたため
鸕鶿草葺不合(うがやふきあえずの)尊と
名付けられた
そして豊玉姫命の妹
玉依姫命が派遣されて養育し
後に成人した鸕鶿草葺不合尊は
玉依姫命と婚姻し
初代・神武天皇が生まれている
このような御祭神を
お祀りする当社だが
もともとは群馬郡の
延喜式内・名神大社とされる
伊香保神社の里宮だったとされる
伊香保とは
「厳つ峰(いかつほ)」に由来し
噴火の激しい榛名山を
鎮めお祀りする神社だった
とされる
創建は一説には
天平勝宝2年(750年)とされ
中世の説話集『神道集』には
十一面観音を本地仏とする
という記載がある
実際に当社には
室町期に作られたと見られる
十一面観音像が
御神体として安置されている
という
その後、榛名山の噴火が収まると
不毛の地であった山宮に温泉が湧出し
伊香保温泉を形成したため
湯の前を守護する
山宮の伊香保神社に
信仰の中心が移ったとされる
移転の背景には
古代の当地、群馬郡有馬郷の
豪族・有馬氏の衰退とともに
当社の祭祀が衰微したことも
関係しているとされる
弘仁6年(815年)の
『新撰姓氏(しょうじ)録』には
当地、上毛野氏(かみつけのうじ)の祖である
豊城入彦命の子孫に
阿利真公(ありまのきみ)の名が見え
有馬氏は上毛野氏の一族と
考えられている
なお伊香保神社としては
承和2年(835年)名神に列し
貞観9年(867年)従五位下
貞観11年(869年)従五位上
元慶4年(880年)従四位上
に、それぞれ昇叙(しょうじょ)している
また上野国の古社を知る
手がかりとなり
25本の写本が現存する
『上野国神名帳』において
伊香保神社は
上野国・総社本では序列3位
上野国一宮・貫前神社本では序列2位
と、高い社格になっている
なお前出した
中世の説話集『神道集』では
伊香保温泉の湯の前には
薬師如来を本地仏とする男体が
当地、渋川保の里宮には
十一面観音を本地仏とする女体が
それぞれ祀られていると
記載があるという
その後、伊香保温泉の山宮は
明治まで湯前大明神と称した
とされるが
中世以降は衰微した当社の歴史は
詳(つまび)らかではない
とされている
なお御神体の十一面観音像を含む
三宮神社全体が
吉岡町の重要文化財であり
溝祭(みぞまつり)三宮神社獅子舞と
太々神楽(だいだいかぐら)三楽(さんらく)講が
吉岡町の重要無形文化財に
指定されている
なお江戸時代の当地
群馬郡大久保村は
石高1,237石であり
前橋藩領だったという
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