境界知能とうつ病の関係｜リスクと対策を精神科医が解説

質問「境界知能だとうつ病になる？」に精神科医が回答します。
#精神科 #境界知能 #うつ病

0:05 （１）はじめに
0:20 （２）境界知能ではうつ病を合併しやすい
3:38 （３）境界知能でうつ病を合併したらどうしたらいい？
4:12 ①うつ病治療
5:07 ②環境調整
5:58 ③福祉の活用
7:07 （４）まとめ

境界知能だとうつ病になりやすいでしょうか？逆境体験の多さや対処能力の限界などから、リスクは高いと言わざるを得ません。早めのうつ病治療とともに、無理なく仕事や生活できる環境調整が大事になります。

ご質問「境界知能だとうつ病になる？」について、精神科医8分で回答しています。
出演：春日雄一郎（精神科医、医療法人社団Heart　Station理事長）

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（１）はじめに

今回は「境界知能だとうつ病になる？」というご質問にお答えします。

結論から申し上げると、境界知能の方はうつ病を合併するリスクが現実的に高く、その場合は治療をしながら環境を整えていくことが重要になります。

まず境界知能について簡単に振り返ってみましょう。境界知能とは、IQ70から84の範囲を指し、知的障害には至らないものの、知的機能に困難を抱える状態を意味します。人口の約14％、つまり7人に1人がこの範囲に該当するとされていますが、実際には見つからないケースも多くあります。

境界知能は正式な病名ではなく状態を表す言葉であり、単独では福祉的な介入が困難な「支援の谷間」に置かれているのが現状です。

（２）境界知能ではうつ病を合併しやすい

境界知能の方が日常生活で直面する困難には、いくつかの特徴があります。

まず「理解の困難」として、仕事や勉強での抽象的な指示や複数の作業をこなすことが苦手な傾向があります。次に「対人関係」の面では、場の空気を読むことや複雑な人間関係を理解することが難しく、孤立しがちになります。さらに、努力しても失敗体験が重なることで「無力感」を感じやすく、自己肯定感が低下しやすいという特徴もあります。

一方、うつ病は気分の落ち込みや憂鬱な気分、興味の喪失などが長期間続く病気で、脳内物質セロトニンの不足など神経伝達物質のバランスの乱れが背景にあるとされています。幸い、休養、薬物療法、精神療法という3本柱による治療法は確立されています。

境界知能とうつ病の関係を見ると、境界知能がある方はうつ病になる確率が一般より高いとされています。また、困難な状況が続くことを背景に慢性化しやすいという特徴もあります。興味深いことに、うつ病の相談や治療の中で初めて境界知能が判明するケースも少なくありません。

境界知能の方がうつ病になりやすい背景には、いくつかの要因があります。周囲からの要求が能力に対して難しすぎることでストレスが続いたり、孤立や失敗体験を重ねることで自己否定の癖がついてしまったりすることが挙げられます。また、特性上ストレスへの対処法を使いにくく、助けを求めることも難しいという側面があります。

境界知能の方がうつ病を発症した場合、その症状にも特徴があります。落ち込みなどの症状を言葉で表現しにくいため、外からは気づかれにくいことがあります。心の症状よりも頭痛や腹痛などの身体症状として現れやすく、ひきこもりやイライラといった行動の変化として表面化することもあります。

特にうつ病を合併しやすい状況としては、仕事や学業で頑張っても結果が出ず失敗や叱責が続く「高すぎる要求」、いじめや仲間はずれの対象になりやすい「複雑な人間関係」、経済的な不安や日常生活での負担感が大きい「不安定な生活」などが挙げられます。

（３）境界知能でうつ病を合併したらどうしたらいい？

①うつ病治療

基本的には、境界知能が背景にあってもうつ病のガイドラインに沿った治療を行うことが重要です。

休養については、何も考えず頭を休ませる時間を作ることが大切で、これは境界知能の有無に関わらず同様です。薬物療法を行う際は、副作用を言葉で伝えにくいことがあるため、周囲の注意深い観察が必要になります。精神療法では、境界知能の特性を踏まえて、よりシンプルで具体的な対策を優先して行うことが効果的です。

治療の中では、抽象的な話よりも目の前の問題を一つずつ整理していくことが大切です。また、特性を理解した上で環境調整を並行して行うことも重要なポイントとなります。

②環境調整

環境からの負担を減らすことは、境界知能の方にとって特に効果的です。合わない環境の場合は無理せず変えるという選択肢を持っておくことは非常に大切です。人間関係のトラブルを回避するために、指示を明確にするなどの工夫も有効です。

境界知能の方に合う環境の例としては、具体的で手順が決まっているルーチンワークが中心の仕事、突発的な判断や臨機応変な対応が少ない場所、コツコツと続けられてそれが評価される業務などが挙げられます。明確な作業、変化の少なさ、粘り強さの活用といった要素がポイントになります。

③福祉の活用

境界知能だけでは福祉サービスの対象にならない現状がありますが、うつ病を合併している場合は、うつ病での福祉支援を受けられる可能性があります。境界知能にうつ病を合併したときは困難が慢性化しやすいため、長期化を防ぐためにも福祉の活用が必要な場合があります。

検討できる主な福祉資源としては、最大2年間かけて就職の準備から職場定着まで支援する「就労移行支援」、合理的な配慮を受けながら働ける「障害者雇用」、看護師が自宅を訪問して生活相談を行う「精神科訪問看護」などがあります。特に訪問看護は、うつ病が重く生活困難が強い場合の選択肢となります。

（４）まとめ

境界知能がある方は、環境のストレスや対処力の限界などを背景に、うつ病を合併するリスクが高いことに注意が必要です。

もしうつ病を合併した場合は、まず抗うつ薬などのうつ病治療を優先することが大切です。その上で、わかりやすくシンプルな環境づくりをしていくことが、境界知能の場合は特に重要になります。環境調整に重点を置いた対策を進めることで、より良い回復と生活の安定につながります。

境界知能とうつ病の合併は決して珍しいことではありません。適切な治療と環境調整、そして必要に応じた福祉サービスの活用によって、困難を乗り越えていくことは十分に可能です。一人で抱え込まず、医療機関や支援機関と連携しながら、自分に合ったペースで回復への道を歩んでいくことが大切です。

こころ診療所グループ（医療法人社団Heart　Station）
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【監修者】
医療法人社団Heart　Station　理事長　府中こころ診療所院長　春日雄一郎
精神科医（精神保健指定医、日本精神神経学会精神科専門医）
2005年東京大学医学部卒業、NCNP病院、永寿会恩方病院等を経て、2014年に府中こころ診療所を開設、その後医療法人化し理事長に就任、2021年8月に分院「こころ診療所吉祥寺駅前」を開業。メンタルクリニックの現場で、心療内科・精神科の臨床に取り組み続けている。