小三治たっぷり 其の二 志ん朝亡き後、江戸落語を支えた男【落語】
Автор: 落語ch:荒獅子男乃助
Загружено: 2025-11-17
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0:48猫の災難 40:43湯屋番 1:11:33あくび指南 1:40:38文七元結 2:54:00エンドトーク
落語よもやま噺 志ん朝と小三治 荒獅子男乃助トークチャンネル
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「猫の災難」
古典落語の演目。別題に猫災(びょうさい)。原話は宝永5年に出版された『かす市頓作』の「猫の番」。元は上方落語であったが三代目柳家小さんにより江戸落語に移入された。長屋住まいの熊五郎は酒が飲みたいが金がない。どうしようかと考えていると隣のおかみさんが通りかかる。彼女は猫の病気見舞いに大きな鯛をもらい、身を食べさせた残りの頭と尾を捨てに行くところだと言う。話を聞いた熊五郎は眼の周りが美味いからと、それを貰い受ける。そこに兄貴分が尋ねてくる。たまたま身にあたる部分がザルで隠れていたため立派な鯛が一尾あると勘違いした兄貴分はこの鯛で一杯飲もうと言い・・・。
「湯屋番」
大家の若旦那、遊びが過ぎて勘当中で出入りの大工職人の熊五郎の家の2階に居候の身の上。何もしないで食っちゃ寝てばかりいるので熊さんの女房は迷惑だ。女房にせっつかれ、熊さんは若旦那に湯屋へ奉公を勧める。紹介状を持って奴湯へ来た若旦那、早速女湯の入口から入ろうとする。湯屋の鉄五郎に外回りで、リヤカーを引いておが屑、かんな屑を集める仕事と言われた若旦那、それは断り番台に座ると言い出すが・・・
「あくび指南」
上方落語では「あくびの稽古(あくびのけいこ)」の演題も使用される。八五郎は熊五郎に芸の稽古に誘われるが、この熊さん前にもいろんな習い事をかじったことがあり、歌の稽古をすれば長屋中の植木が腐り、踊りの稽古をすれば空に円盤が現れたというほど、芸を習う度に事件を引き起こしてきたので一度は断るが「あくび」の稽古という珍しいものだったので見学にだけ行くことにする
「文七結元」
初代三遊亭圓朝の創作で、落語の人情噺のひとつ。成り立ちは、幕末から明治初期にかけての江戸。薩摩・長州の田舎侍が我が物顔で江戸を闊歩していることが気に食わず、江戸っ子の心意気を誇張して魅せるために作ったとされる。江戸っ子気質が行き過ぎて描写されるのはこのためである。登場人物が多く長い演目であり情の中におかし味を持たせなくてはならないという理由から難しい一題とされ、逆に、これができれば一人前ともいわれる。『人情噺文七元結』として歌舞伎でも演じられる
「元結(もっとい)」とは、髷(まげ)の根を結い束ねる紐のことで、「文七元結」は江戸時代中期に考案された実在する元結である。長くしつらえた紙縒(こより)に布海苔と胡粉を練り合わせた接着剤を数回にわたって塗布し、乾燥させたうえで米の糊を塗って仕上げた元結が「文七元結」で、「しごき元結」「水引元結」とも称した
十代目 柳家 小三治
「まくらの小三治」と呼ばれるほど、まくらに力を入れており小三治のまくらを聴きに寄席に足を運ぶ常連もいたという。中堅どころの名跡であった「柳家小三治」を真打昇進から2021年に没するまで名乗り通した。この間落語協会理事や同協会会長を歴任し重要無形文化財保持者(人間国宝)にも認定され東京落語界の大看板になった。小三治は「名前を大きくした」と言われ四代目桂米丸や五代目三遊亭圓楽に並び本来留め名ではなかった中堅名跡を名乗り通し大看板となった落語家のひとりである。弟子や若手に対する指導が厳しいことで知られていた。池袋演芸場で行われていたある日の「二ツ目勉強会」では、芸を批評するために小三治が来場することが出演者に告げられると、リラックスしていた楽屋に一気に緊張感が走り、強面で知られる三代目橘家文蔵(当時:橘家文吾)は落ち着きを失って顔面蒼白になったり、三代目柳家甚語楼(当時:柳家さん光)は固まったように黙ってしまったという。中には「噺家を辞めて故郷へ帰れ!」と小三治に叱責された二ツ目もいたとされる。
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